March 03, 2008
February 13, 2008
January 13, 2008
下痢
明け方から強烈な下痢に見舞われ、日曜日もやっている医院へ。助かりました。ノロウイルスではないようだが、もう少し弱い種類のもののようで、シプロキサン、プリンペラン等を処方される。まだまだげっぷが出るのだけれど、週明けにはよくなっているのでしょう。
<追記>
そのときうなされていた夢。「試合の当日なんだが、この状況でスタジアムで見ていてトイレは大丈夫なんだろうか?」というもの。「テレビで見ないと危険かも。」とか考えていたのである。超現実的というか、人間小せえというか、そんなところだが、正夢にだけにはならないことを祈る。ちなみに今年からSA指定席をひっそり一人で買った。一人だから荷物を置いてトイレに行くのははばかられるので、どうしたらいいのか、ちょっと不安もあるのである。
January 06, 2008
冬休み
今日まで9連休。天皇杯・箱根駅伝・高校サッカー・ラグビー(慶応vs明治)なんてところを、いずれもテレビで断片的に見た。中継がうるさいのに閉口するものもあった。
天皇杯は、鹿島の、「あれを最後に」と長くいわれそうなタイトルか? どちらが勝ってもゼロックスカップは鹿島と広島戦だったようで、悪いけれどちょっと盛り上がりを欠くような気がする。
つぎに、1kmを3分で走るのが駅伝の選手で、私でも約5分だが、普通に徒歩だと15分だから、残りわずかでも、歩くわけにはいかないのだろうね。
また、元都立高校生としては、そりゃあ三鷹だったけれど、都立ということをあんなに強調されてもねぇ…
そして、ラグビーは、反則が多かったけれど、FWが耐えた慶応という感じ。明治はいつも力があるけれど、守備にもろいところがあるというのは勝手な先入観だろうか?
さて、正月は昼から飲み食いという日が多く、体重も増えてきたので、少しジョギングも。ちょっと前に買ったAsicsのXTW525(上着)と625(下)を着て、気合を入れる。
てな感じだったが、明日からの「社会復帰」は可能なのだろうか?
December 16, 2007
NIKE ランニング ボトルホルダー ウエストバッグ
ナイキは好きなブランドではないし、デザインも気に入ったのではないのだけど、これは機能で選んだ。
ジョギングをするときには、水、水を買うための小銭、家の鍵、i-Podといったところを携帯したいが、特に薄着をする夏はウェアのポケットが足りなくなるので、ウエストポーチが便利なのである。
ウエストポーチなんて、たくさんあるじゃないかと思われるかもしれないが、これがなかなか難しい。水のボトルを横に置いても、縦に置いても(市販のボトルホルダーの多くは縦型)、ボトルが揺れて不快なのである。この点でいうと、この商品はホルダーが斜めになっているので、揺れが少ない。装着感がこれまで持ってたものとは全く違うのだ。ただ、よく探せば、他社のものでも斜めになっているのはあるかもしれない。
でも、これで記録が向上すればいいのだけれど、なかなかそうは行かないのも世の常である。
December 03, 2007
もろもろ
今日は会社を休んだ。
そして、いろいろ細かいことをやっていたら、もう暗くなってしまった。
長かった風邪もほぼ治ってきて、ここんところ、飲みすぎる毎日。
大宮戦の後半と甲府戦はテレビも見ておらず、鳥栖戦も見られないので、テレビでやれば、ちゃんと録画しようと思っている。そこで勝ったら熊本へ。そんな中で、退団・移籍の噂は後を絶たず、楽しくない毎日。熊本と岐阜のJ2昇格が決まったそうだが、小峯がピッチに立てるかどうかまで心配になってくる。
もう12月。例年を考えると、あっという間に新年はやってくる。やろうと思っていたことがどんどん翌年送りになる。人間、それなりの目標を持たなければと言われ、まあそうなんだろうと思うが、欲張り過ぎた目標ほど、始末に負えないものもないのかもしれない。
November 17, 2007
カゼひいた
ノドからくるカゼ。同窓会があるため、薬を中断したのも悪かった。
精神的にもどんより来る中、明日もどんより来そうな悪い予感。ガンバが力勝負に来てくれれば、昨年のノリオの「出会い頭の一発」のようなので勝てる可能性もあるが、最近のガンバは試合巧者であり、相手のいいところを消す戦術に来られたら、勝ち目がなさそうだ。個人的な話で恐縮だが、今年はサテライトも一度しか行ってないので、小澤等、新戦力の躍動を見たいのがせめてのところ。
さて、浦和を素直に羨ましいと思わなければならないが、とりあえずはイランのアウェイに行かなかった人は、「にわか」と認定することにした。もし東京がイランやイラクのアウェイに行ったら、絶対に「仕事よりも」だよ、「約束する」と職場の東京サポーターの友と誓い合ったのである。いつのことになるのであろうか?
ジョホールバルから10年の日にオシムが倒れたのこと。あれから10年、まあいろんなことがあったと、後ろをふりかえるばかりである。もっと前を向いて歩かなくては。そうそう、あの天皇杯も10年前のことなのであった。いまや「非常手段が常態化しつつある」浅利と藤山しかいなくなってしまったが…
February 08, 2007
January 18, 2007
安くてもいい?
最近、自分の仕事について、後進を育てるようなことを、それも社外でやる機会が出てきた。しかし、いざ教えようとしても、スキルやスタンスがなければ全然うまく行かないということも思い知らされた。しかも時間の割りに報酬も安いのだが、自分の勉強でもあるし、それは問題ではない。
でも、ヘタな話を聞かされるほうもたまったものではないだろうから、「暖かく見守ってくれ」とはとてもいえないし、多少説明がヘタであっても、中身がないといけないと思っているのである。
それにしても、今日は会社に老眼鏡を置いてきてしまい、予備のやつを使っているのだが、全然ダメなのである。
ところで、うちの近くのスーパーでは、相変わらず納豆は品切れ状態。私だって健康とか、老いとかいろいろ感じるし、酒を控えて運動ももっとしないといけないとも思うが、仮にそういうことをしないからといって、何もそんなに極端な食生活をすることもないと思うのである。
December 31, 2006
年末
安くて旨い五反田のペルー料理屋「アルコイリス ベンボス」へ行ったり(ここはお勧め)、いつものように調布の「川上」で飲んだり、まあいろいろ。東すかの忘年会(関連記事、ここも)にも行ったりしているうちに、運動不足もあって体脂肪ともども2キロほど増量してしまったようである。そういえば、村林氏からは、ちょっとした特命(そんなに当てにされてないと思うけれど)をいただき、ちょっと面白そうだから、少し頑張ってみようと思っているのである。
実をいうと、今年は自分の嫌なところに自ら気がつくことばかりの一年であったが、まあ、年齢を考えると少し遅過ぎたけれど、できることからやり直せばいいやと思う今日この頃。
皆さんもよいお年を! といいつつも、いい年とは何かと考えると、私にとってはやっぱり負けない年かもねえ。
December 17, 2006
February 22, 2006
多摩川で、ハーフマラソン距離を走ってみた
19日の日曜日、京王線、京王多摩川駅先の橋の下(河川敷には2.7キロの表示がある)から、まずは4.3キロメートル地点まで。途中工事で少し回り道があって、さらに4.3キロメートル地点(ここまで調布市)から府中市の0キロメートル地点までには、50メートル程度間隔がある。そこから6キロ、府中市を南武線をくぐって中河原方面まで駆け上がり、6キロ地点(累計7.6キロ強)で折り返し、走り始めた調布の2.7キロ地点まで戻って(15.2キロ強)、逆に狛江市に近い調布の0キロメートル地点へ(17.9キロ強)。それから2.7キロ地点(20.6キロ強)を越えてさらに200メートルを往復(21.0キロ強)。実はハーフマラソンの本当の距離が21キロなのか、21.0975キロ(マラソンのちょうど半分)なのか、21.1キロなのかも知らないのだが、いずれにしろ、回り道と間隔とを足せばクリアしているはずである。タイムは107分とちょっとであった。100分を切るのが目標か?
最後は筋肉痛で完全に足が止まったが、久しぶりに多摩川の風景を拝んで、楽しくもあった。でも、フルマラソンを走る気にはならない。体を悪くしそうだから。
ここを走っていると、「ホンモノ」のランナーに抜かされるが、同じ人間とは思えないのである。
その後、5,6年ぶりに京王多摩川駅近くの緑湯へ行って一休み。気持ちいい。市内を散策したかったが、足が痛くて京王多摩川駅に戻った。今度は中河原よりも、もっと川上側まで走ってみようかな? なお、京王多摩川駅のコインロッカーは駅構内にある。
February 16, 2006
ごぶさたしてます
人間ドック(さて、今年は???)、アメリカに惨敗(実にいいチームだ!)、東すかミーティング(開幕は待ち遠しいのだが締め切りの足音が…)、「風刺漫画:イスラム教預言者を冒とく 中東各地に波紋」事件(わが愛しのデンマークよ!)、いろいろと書きたいことがあったのだが、さまざまな締め切りや出張などで書けなかった。今週は書くぞ! と思ったら、東すか編集部の某さんから早くも第一稿が。
February 04, 2006
2月
何とか風邪も治り、再始動。
現在、研究会のレポーターとか、論文とか、なんだか「勉強」しないといけないことが一杯あって、必ずしもイヤではないのだが、時間に追われている。
少しずつ、日も長くなってきた。早く春が訪れて欲しいものである。
February 01, 2006
January 08, 2006
東京一筋9年 来季から鳥栖へ 小林成光の683日(東京中日スポーツ)
紙面(ウェブはここ)にのみ、小林成光の大腿骨のレントゲン写真があり、明らかに折れて(骨が2本に分かれて)いることが分かる。
ちょうど私が10年ほど前にすねのど真ん中を骨折したことは昨年書いたが(その1、その2)、そのときのレントゲンもこんな感じで、素人が見ても骨が完全に分断され、すぐに直るなどということが絶望的だという事実が画像で突きつけられた。ウェブには骨を固定していた金属の写真があるが、私も一回り小さい30センチ程の金属が1年間入っていた。
彼のケガは試合中のものではなかったものの、私とは比べられないほど重症で、時間もかかったけれど、それでも現役を続けたい気持ちも分かる。今年は鳥栖ということで、プレーできる機会があることは幸福だといえるだろう。我々にとっては、東京近郊のJ2は横浜FCと湘南だけだった05年に比べると、ヴェルディと柏が加わったので、「幸い」にも、関東圏で彼を見ることができるチャンスもあるかもしれない。02年開幕時の片鱗を見せてもらいたいが、「開幕から全開」というように慌てることはないと思うのである。「残された期間」はあまり長くはないのかもしれないけれど、くれぐれも無理しないで欲しいんだ。
ところで、高校等のサッカーの審判の方々は、Jとあまり変わらないのだけれど、彼らにもオフを上げたいと思うのは私だけだろうか? ちなみに天皇杯敗退以降の私は、サッカーはテレビでときどき見るだけで、全くの「オフ」状態。東京も早くメンバーが決まって欲しい。
December 31, 2005
大晦日のつぶやき
今年もそうだが、年末はここ数年、海外に行くこともなく、風邪にやる気を失わせられながら漫然と過ごしている。今年は腹の風邪が流行だと聞くが、ひょっとすると、ノロウイルスってやつだろうか?(参考。その2) ヘタに下痢を止めないほうがいいとあるが、医院で処方された薬には下痢止めがあるので、違うのかもしれない。
ここ数日は、パソコンのi-Tunesをシャッフルでプレイさせることにより、CDの入替えさえ不要で、ランダムに自分の「所有」するものの中から曲が流れるという、まさに「引篭り」にうってつけの文明の利器を駆使した自堕落な生活を送っている。
これで近くにGMS(general merchandise store 大規模スーパー)があれば「完成形」に近い。基本的に買い物は嫌いだから、まとめて1箇所で済ましたいのだが、近くにはそういう店がなく、かつて住んでいた調布の東急とか、西友とか、ちょっと違うけどパルコとかが懐かしくなるのである。
とか何とか言っているうちに、今年も残りあとわずか。個人的には特に可もなく不可もない年だったが、「来年はちょっとはましに」と思うのも、ただ繰り返されていることなのかもしれない(証拠)。
December 30, 2005
腸内テロリストとの闘い
「腹カゼ」が治ったと思って普通に食事したら、腸内の「残存勢力」の支援をしてしまったようだ。まったく腸内の「テロリスト」たちは、イラクの奴らと同様、しつこくてたくましい。医者が薬を5日分も処方したというのは、単に年末休暇に入るからというだけの理由ではなかったのかもしれない。「ぜってえに負けねえぞ。戦え体脂肪!」とか思うのだが、食事は控えざるを得ず、ジョギングよりもすぐれたダイエットを行うことになるのである。いやあ、参った。
てな訳で、腸内のテロリストたちとは「和解」なんてことはありえないから、私のタカ派度、保守性が、ますます高まったりするのである。
December 27, 2005
カゼひいた
やっぱり年末の暴飲暴食がたたったのか、「今年中にあれやろう」ということをがんばり過ぎたのか、体が悲鳴を上げた。会社休んで寝ておりました。今年のカゼは腹に来るみたいです。精神的にも参りました。もう一寝しよう。何とか早期治療ができることを祈るだけ。皆さんもご自愛ください。
May 12, 2005
February 12, 2005
楽しい飲み食いのために
昨日は今年2回目のフットサル。1点だけ、それも緊張感ない中での「ごっつあんゴール」を決めたが、なぜか、ディフェンスに戻ることはできてもチャンスに突っ込むことができない体力(精神的なもの?)の身としては、どんな状況でも、ゴールは嬉しいものである。
一昨日には人間ドックの結果が来た。これまではコレステロールと中性脂肪まわりに問題を抱えていたが、洞性徐脈ということ以外は問題がなくなり、とりあえずはホッとした。ドックを受けて15年近くになってきたが、30代前半に近いような状態に戻ってきたので、無邪気に喜んでいるのである。特に骨折以来、運動量が落ちたせいか、中性脂肪が高かったので、これでようやく骨折に「落とし前」をつけたような気もする。運動との関係でタバコを止めたこと、フットサルとジョギング、少し肉を減らした食生活の変化によるものだと思う。タバコをやめるのに使った「ニコレット」や、フットサルの仲間や、家の「ボス」にも感謝しなければならないかもしれない。
いずれにしろ、規則的に禁酒したり、脂っこいものはときどきにしたり、運動したりしながら、できれば薬等を使わずに、あまり制約のない楽しい飲み食いが続けられるようにしたいものである。サッカーやフットサルはあと何年やれるか分らないが、そもそもあんなに辛い運動をする目的は、ただひたすらに、冷たいビールのためなのであり、たぶん健康のためではないのだろう。(だから、フットサル場に車でやってくる人の気が知れないと思うことすらある)
January 24, 2005
人間ドック
明日は人間ドックだから、昨日、今日と禁酒。でも、暮れからカゼを引いたこともあり、体重を目標まで減らせなかった。ここ数年、コレステロールと中性脂肪が高いのだが、この1年は走ったり、サルもやったから、少しは改善されるだろうか? そろそろ「オプション」から、何かを選ぶべき年齢なのかもしれない。で、終わったら、バリウム腹に残ったままだけど、夜は飲み放題に行くのだ。
January 23, 2005
続:とてつもなく痛かった話
昨日は、また1か月ぶりでフットサルをやり、もうフットサルまで「晩年」と感じたが、ケガだけはしないで、残された「余生」を楽しみたいものである。でも、昨日も得点0だったなあ…
という訳で、15日に書いたのの続き。今回は特に痛い話はないのでご安心を。
手術後、目が覚めたのは真夜中。尿意を覚え、麻酔の影響で判断力がおかしいのか、立ち上がってベッドの枠を松葉杖代わりにしてトイレに行こうとした。だが、縛られていたのか、ベッドから離れることができない。実は尿意があったのは、男性器にチューブのようなものをつけられていたからだった。立ち上がろうとしたときに肩の点滴を外してしまったことに気がつかず、布団が水びたしとなり、翌朝怒られる。
松葉杖をレンタルされ、リハビリも始まり、3キロの重りを着けての膝の曲げ伸ばしなど。驚いたのは、骨折から手術後までのわずか数日間で、左足の腿が驚くほど細くなってしまったこと。入院中は、電話、クロスワードパズルの雑誌(時間つぶし)と鼻毛切り、耳掻きの差し入れが嬉しかった。入院は2週間だったが、この間に横山やすしが死去し、「私生活、それも事実で笑いを取り続ける人間は、最期がシャレにならないほど悲しい」という点で、他人事とは思えなかったのだった。それと、オリンピック代表候補の小倉が大怪我をしたのだった。
退院後、会社には実家(23区内だが、通勤には調布よりやや不便)から松葉杖で、遠回りだが少しは安全そうな経路で通勤。「定時より早く来れば混雑もない」とは言われたけれど、余計に通勤時間がかかる上に、更に早く起床するのも大変なので、フレックスはないのだが、逆に毎日1時間ほど遅刻しながら会社に通い、週に1回だけ診察やリハビリに。ただ、病院は私には不便な場所だし、「合わない」という感じもあったので転院を決意。近いうちに実家から調布に戻ることにして、調布の病院に行ってみた。行ったのは、普通の総合病院で、大したリハビリ施設もなかったけれど、とりあえず担当医師が話をよく聞いてくれたのでホッとした。翌週に東船橋まで行って、医師に転院を告げ、レントゲン写真などを転送させる。
ゴールデンウイークに、まずは実家から調布のアパートに戻ることにした。7月の末頃になり、「トレードマーク」ともなった松葉杖なしで歩けといわれ、不安ながらも歩行を開始。骨は、レントゲンではよく写らない内側からくっつき始めたようで、最初は衰えた筋肉との関係で違和感もあったが、日に日に普通に歩けるようになってきた。それから急速にレントゲン写真が「改善」し始めた。そして、翌年の正月明け、骨を固定していた金属を外す手術を受け、調布の病院に数日入院。その後もしばらくは、ときどき病院に行って傷口の消毒。3月には、税務署に医療費の確定申告に。4,5月には海外旅行にも行ったのだが、結局、サッカーに復帰したのは、1年半以上も後のその年の秋だった。しかし、プレーに衰えも感じ、捻挫もしたので、その後2年ぐらいで「11人」からは足を洗ったのだった。チームの活動休止という要素もあったが…
この骨折を通じて、特に同期・後輩の世話になった。読んでないと思うけれど、ありがと!
January 19, 2005
エンジンかからず
正月気分が抜けない。というよりも、カゼがようやく治ったばかりで、新年会もこれからだし、週5日出勤は今週が始めてなので、今週は非常に長く感じるという表現のほうが、適切かもしれない。ということで、来週は火曜に休んで人間ドックでまた一息。社外の研究会が休会だということもあり、気分転換も兼ねて歯医者にも行くし、やっぱり1月は「医療月」だ。
かつては土曜の朝に起きたときに、「今日は休める」ということが「幸せ」だったことがあった。今は土曜は休みが当たり前で、休みだからといって幸せを感じることはないが、結構忙しい一日となるのが常だ。時間をかければいい仕事になるということは決してないが、時間は有限のものなのだから、他人の時間を粗末にするようなことだけは、厳に慎まなければならないと思っている。(皮肉っぽい表現かな?)
January 15, 2005
とてつもなく痛かった話
あれから9年たった。1月の、成人の日(1/15)がらみ3連休の初日の土曜ということしか覚えていなかったので、ここで日にちを調べたら、1月13日だということが分ったが、1996年のこと。
我々は3-0でリードされていた。攻撃陣も押えられ、後半も半ばで敗色濃厚。相手は控えを出してきている。ダメDF的には、多少諦めも入りつつ、これ以上取られたら終わりという気もあった。そんなときに、相手の小太りなFWにボールが渡り、彼がシュートモーションに入った。やば! 慌てた私がつま先でボールに先に触れた(クリア!)と思った瞬間、彼の思い切り振り回した足は私の左すねを直撃。
「いたっ」私は倒れた。むこうずね(前面)にある大きいほうのを脛骨(けいこつ)というのだそうで(こんな図面でいいかな?)、ここは頑丈だというが、これまで経験したことのない痛み。我がチームにはメンバーの余裕はないけれど、この痛み、もう試合には戻れないかもしれない。でも、「くそ」とか言いながら立ち上がろうとした。そのときだ。左足には、ヒザ以外に、もう一つ曲がるところがあったのだ。すねの真ん中あたりが曲がったのである。私の体は、そのまま再び崩れた。たぶんこのときなのだと思うが、頚骨は真っ二つ、すねのもう1本の骨、腓骨(ひこつ)も折れてしまったらしい。さっきも痛かったけれど、今度の痛みはとてつもなかった。骨という「邪魔者」がなくなったので、下腿の複数の筋肉が、足を好き勝手な方向に引っ張り合い始めたのである。下腿は訳の分らぬ方向にひん曲がろうとしていた。
最初に転んだときには「いててて、タバコをくれ。」とかジョークをいう余裕もあったのだが、このとき到着したタバコは、もう吸うどころではなかった(タバコをやめてもうじき3年)。自ら「いてててて、救急車を呼んでくれー!」と言うのが精一杯。あとで聞いた話では、足を蹴られたときに独特の音がしたそうで、間違いなく骨折、立ち上がるなどもってのほかだったようだ。
救急車でグランド近くの船橋整形外科というところに担ぎ込まれた(正直言って、全く個人的にだが、スポーツ選手でも何でもない「凡人」には、ここはあまり合わなかったようである。まあ、私と藪(仮称)医師等との相性だけの問題かもしれない)。ソックスを切り取り、靴は脱いだのかどうか忘れたが、パンツも脱がされ、風呂場で体を洗われる。このときも引き続き、気が狂うほど痛かった。
そしてベッドに。折れた左足を上から吊るしておもりで引っ張られて2泊。3連休中は手術をしないそうだ。この点は仕方ないと割り切り、座薬と痛み止めか何かで耐える。この間の痛みは気が狂うほどのものではなかった。しびんと、ちりとりみたいな採便器を与えられるが、便秘してしまった。その影響で、手術の前に浣腸されたときには、「容量オーバー」して、看護師さんには大いに迷惑をかけた。
手術の日は親が来て、麻酔注射をされた後で、厨房のようなところに転がされる。激痛はそのときが最後で、その後は意識がなかった。気がついたら再びベッドにいて、今度は足を吊るされてはなかったのだった。
そんな訳で、フットサルのときでも、未だにすねあてをしているけれど、そんな私だから皆さん、削らないでね。頼む!(続く)
January 07, 2005
1月は医療月
仕事が比較的少ない月なので、歯医者と人間ドックはほぼ毎年1月に受診している。それに月1回程度の眼科が加わり、今は風邪も引いていて内科も。ということで、今年は歯医者がまだ。まあ、こういうときにやれる仕事をやれよという声も聞こえないでもないが、こういう習慣というのも悪くはないだろう。
それにしても、若くないためか、酒量が減っていいのかもしれないが、風邪がなかなか治らない。何だか体がふらついて、ヘタするとこれが1ヶ月ぐらい続くんだよなあ…


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