October 13, 2009
この企画、商店街のキーワード、早々に全部確認してしまい、もちろん答は現段階では書けないけれど、何だかヘンなことになっている。「FC賞」だもんね。このヒントはキーワードの貼ってある店のようで、キーワードには関係ない。まあ、近所の東京ファンは、チェックしてみるといいかもしれない。
「FC東京」のネーミングの宿命として、サッカーに興味の浅い人への認知が遅れるということがあるかもしれない。こっちが東京と言っても、「ヴェルディ?」とか返って来ることが少なくないからだ。もともと商標的ではないもの、サービス提供者を特定する役割の弱く、相性ではない"FC"を地名「東京」と結合することの宿命ともいえなくはない。ファンは「これでいいのだ」なんだけれどね。
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September 27, 2009
に行ってきた。
説明に工夫が凝らされていて楽しめた。
それにしても、考古学者というのは、ベンチャーの社長みたいな大変さだと思った。スポンサーを探し、発掘の計画を立て(気候の影響で遅れることもあるそうだ)、発掘する人々を管理をし、メディア対策、その他、様々な業務というのは、学者一辺倒の人間には勤まらないものだと思う。
2000年にエクアドル南部からペルー北部を旅したが、このときはシカンはまだ知られていなかったと思う。私が行ったのはブルーニン博物館(シカンではなくシパン遺跡のものだった)やチャンチャン遺跡等だった。
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August 08, 2009
7月31日から本日までオランダ経由でポルトガルとスペイン(主にガリシア地方)に行っていた。負けてはいけない試合の辛い敗北もネットで知ったし、スペインのテレビでも広島原爆や北朝鮮クリントンの報道があった。
裁判員判決なんて、歴史的にも意義がありそうなこともあったけれど、2つのクスリの事件にかき消されてしまったようだね。
まずは、時差ボケと現地で引いてしまった風邪を治さなければ…
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January 13, 2009
91年に行ったときは直前に大地震があり、目当ての「ジャングル・トレイン」はそのときから動いていない。そして、今年は年末に着いて、1月4日にこの国を立ったら8日に大地震。中米は火山活動が盛んで地震も多いのである。
今回はサンホセ郊外の空港都市、アラフエラの近くの火山まわりが震源らしい。東京、成田空港、筑波山(鹿島?)ぐらいの位置関係と考えればいいだろう。いや、アラフエラは成田よりもずっとずっと首都から近い。タクシーで20分、約22ドルである。
この旅については、メモ等を整理して公開したい。
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January 07, 2009
28日から昨日まで、久しぶりの年末年始旅に出た。異国の地で、東京の敗退を知った。次こそは元旦国立へ行きたいと思った。冬の土曜仕事も、来年は試合のない時間に変えてもらったので、今年はもう少し見ることができそうだ。
異国では、いろんなことを思い出し、時差ボケもあって、いろんな夢を見た。そんな混沌とした中で、気がついたら2009年は始まっていた。今日から会社に行ったけれど、まだ書類に2009年とはほとんど書いてないんだが、いつぐらいまで2008年と間違えそうになるのだろうか?
さて、懸案の足裏痛、モルトン(モートン)病は、直っている感はないが、インソールプロメンズ(モートン病対策) M
を使うと、歩くことに支障は無い。ということで、これをつけ、また走り込みを始めようと思うのである。今年も一度ぐらいはハーフマラソンを走りたい。無理は禁物だけれど…
まあ、チーム同様、昨年よりも少しずつよい年にして行こうではないか。ということで、ここに立ち寄っていただいた皆さん、今年もよろしくなのである。
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December 23, 2008
ここんところ、テレビばかりだけれど、入れ替え戦だとか、日産スタジアムが別の名前で呼ばれている試合とか、いろいろな試合を見た。残念ながらユースの試合を見ることはできなかったけれど、様々な試合、様々なドラマがあり、様々な悲喜こもごもがあることが、多くの人に理解されたのではないだろうか。
残留決定とともに去るオフトも印象的だった。そうそう、仙台には梁がいたけれど、オプションとして宮沢も入れておくべきだったと思うよ。これだけ冷遇されていて契約非継続が伝えられていないというのは、どこか移籍先が決まっているのだろうか? 戸田も清水ではあまり活躍できなかったけれど、東京では相当愛されていたね。おお、小峯…
さて、東京ファンとしては一種「非国民」のような感じなのだけれど、この28日から6日まで、ワンチョペの母国、コスタリカへ旅することとなった。コスタリカは15年ぶりだ。ホーム最終戦以降、現場で試合を見ていないのは辛い限りなのだが、異国の地から、天皇杯制覇を祈ることとする。皆さん、気合入れてサポートしてください。
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December 04, 2008
もう一つ掘り下げ不足と思いつつも、旅心を刺激されてしまった(ここ)。こんなことも含め、日本には観光資源がまだまだ眠っている。
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October 14, 2008
とある出張で立派なホテルに泊まり、部屋からの眺め。
関東圏とはあまり縁がないが、三重県というのは食や観光の宝庫なのである。そして、近鉄というのは偉大な会社で、一つの駅に大阪(本町)・京都・名古屋行きの列車が並んでいるケースもあり、壮観。鉄道の広告は赤福が圧倒的。
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October 05, 2008
札幌戦、翌日は地下鉄二十四軒駅近くの札幌中央卸売場外市場へ。
遠目に青赤の人がいるように見えなくもないだろう。
それから特急列車で旭山動物園へ。旭川市は人口35万人ということで、100万都市の札幌の駅から園まで2時間弱ということを考えても、普通に動物園をやっていたら潰れてしまうというのが、常識的なところではないだろうか? それを「行動展示」という「アイデアと工夫で勝負」というものである。これぞ日本の生きる道、日本の明るい未来を見たような気がする。多少の設備投資が伴うものの、「生き残り戦略」としては最善のものではないだろうか? 今後、他の動物園でこのような展示が増えてきても、先駆者としてのブランド価値も残るだろう。というような訳で、月曜なのにたくさんの人が来ていたのだった。



写真は左から、1.ペンギンの「もぐもぐタイム」に群がる人々を観察。2.オランウータン、右下に青赤(ここにも数組)。3.オランウータン、道具を使ってえさを取る。4.白熊遊泳の図。
腹がたったのは、係員の人があれだけ「フラッシュをたかないでください。動物の目を傷めますから。動物が近くに来なくなりますから。」と言っているのに、それでもフラッシュ撮影する連中。写真をBlogにのっけて、広告費でも集めているのがいたら犯罪ものである。そんな奴は、オランウータンと並べて檻に閉じ込め、道具を使って餌を摂ることについて勝負させたい。きっといい勝負となり、もう一つの見世物ができて、ますます入場者が増えるのかもしれない。みんながオランウータンを応援するだろうしね。このような「迷惑を厭わない」態度っぷりは、暗闇の歩道を無灯で堂々と走るチャリンコ暴走族と同質のものを感じる。中にはフラッシュをたかないモードにするために悪戦苦闘している年配の方もいたから、カメラメーカーは、ケータイのマナーモードと同様、ワンタッチで迷惑フラッシュが防止できるカメラを開発したら、そこそこ売れるのではないだろうか?
帰りに旭川ラーメンの蜂屋五条支店でしょうゆラーメン。芸能人のサイン入り色紙多数。ただ、どうも私のようなおっさんにはラード系はアピールしないようだ。おまけに新横浜のラーメン博物館にも出店してるようである。
残念(失礼)ながら、来年、アウェイの北海道に来ることはないだろうし、再来年以降も分からないけれど、また、近い将来、またそんなときが来ることを祈るばかりである。でも、そのときはドームで試合をやってもらいたいな。その前に、こっちも毎年上位にいられるようなチーム作りが肝要なんだろうね。
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August 13, 2008
先日の名古屋の往復で思ったことなんだが、新幹線の移動でキャスターつきのバッグを持っている人がことの他多く、しかもその多くが傍若無人の迷惑者なのである。いっそのこと、新幹線でキャスターつきバッグを持っていたら、荷物料を徴収したらどうかと思うのだが、どうだろう? グリーン料金並みでどう? 迷惑を省みている人たちには申し訳ないけれどね。
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August 12, 2008
Jリーグ開幕直後の94,95年。会社の草サッカーチームは、私が場所取りをして、調布多摩川河川敷、京王多摩川の鉄橋よりすこし下流の、市が貸すスペースを「ホーム」としていた。我々は、終了間際の「川クリア」の時間稼ぎを得意としていたのだった。その横ではいつもシダックスの女子サッカー部が練習していて、平均年齢30を越えた我々の眼で見たら、十分可愛らしく、いつか練習試合をお願いしたいと思っていたのだった。北欧系の顔をしたゴールキーパーがいたから思い出したのかもしれない。なぜかマリノスのシャツを着ている子もいて、さすがに当時は東京ガスの影響力は皆無だった。でも、そのうちその女子チームはなくなり、我々のチームも高齢化と転勤により離散したため、練習試合など実現することはなかった。今となっては、あのとき20歳そこそこだった彼女たちは、おそらくほぼ全員が引退しているのだろう。ひょっとしたら、子供とともに味スタに東京の試合を見に来ている人もいるのかもしれない(ヴェルディの試合ではないよね)。最近行ってないけれど、あの河川敷で草サッカーを楽しむ人たちは相変わらず頑張っているのだろうか? そうそう、その少し下流にフットサルコートもあったんだよね。
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August 04, 2008
今日、試合のチケットを買ってしまった。昨年は豊田に行ったけれど、瑞穂はよくよく考えたら8年ぶりだ。8年前というと、アマはもちろん、ツゥットや由紀彦もいたのだ。何と敵にはストイコビッチと呂比須と福田までいたのだ。そういえばあのときは18切符だった。
名古屋は年に1,2回、出張で行くことがあるのだけれど、さてはて、どんなオプションをつけようか? 行きの新幹線が混んでいるというような話もあるようだが、まだどうしようか決めていないのである。まあ、旅は予定が決まるまでが一番楽しいのである。
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July 21, 2008
このたび、日本休日党を設立し、私が党首に就任しました。
当面は、参議院比例区から国会議員を出すことを目指して活動していきます。
党の公約としては、3年以内に日本のあらゆる人に平均的イタリア人の半分程度、20日の連続休暇が得られることとし、そのためのインフラ作りに取組んでいきます。公約を達成できれば、国内の観光・交通産業等はもちろん、雇用の活性化がすすみ、日本が豊かな国になることは間違いがありません。
なお、以上は全て妄想です。自分自身の閉塞感や焦りもあり、口から出任せを書きました。
京都行きは休んだけれど、楽しいアウェイにも行きたいなあ…
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June 14, 2008
昨日、飲んで帰る途中、2駅ほど寝過ごした。すると、カバンがなく、読みかけの雑誌だけを持っているではないか!? 戻る列車も無く、タクシーで帰る。そして、翌日となる本日、明大前の京王線・井の頭線お忘れ物取扱所へ。荷物はつつじヶ丘駅で発見されたそうだが、トイレに置いてあったとのこと。どう間違ってもつつじヶ丘へ行く可能性はないので、車内で眠っていて盗まれたに違いない。ただ、金目のものは入ってなかったので、事なきを得たようである。
夜遅い電車だと、こういう感じで盗人に狙われているのかもしれない。金目のものは持たないこと、座らないこと、それよりも飲みすぎないことなんだろうけれど…
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April 26, 2008
更新お休み。明日からちょっと洋行。ガラの悪いパリFC(フランス3部)でも見に、あとはスペインに少し。
東京は清水にまた負けとのことで残念。「やりくり」はしてきたけれど、「切り札不足」か? そろそろ怪我人が戻ってきてほしいところ。ここ数年、ゴールデンウィークに試合を見ないことが多く、その間に「残留問題」が始まっているのだが、ことしはもっといいところでハラハラさせてくれそうなのが幸い。
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February 29, 2008
あんたはやっぱり漢だ。おそれいりやした。といいますか、元気そうで何よりです。(最近南米から遠ざかっているおぢさんより)
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February 11, 2008
三連休だったが、人間ドックや複数の「宿題」のようなものに追われ、辛うじて休日の日課のジョギングを少しする程度で、小平にも行けず。
「判例時報」で掲載を確認したい事件があり、東京都公立図書館横断検索で所蔵を調べたら、幡ヶ谷の私に手頃で、当該誌を貸し出していないということで、勝手知ったる調布市中央図書館に約5年半ぶりに行ってきた。実は1冊だけ館内で行方不明(誰かが読んでいる最中?)のものがあって、この点だけは何ともならなかったが、ほぼ目的を達することができた。「判例タイムズ」なら、どの号に何が掲載されているのかは、ネットで調べられるのだけれどね…
自分のためにも、たまには世のため、人のためにも、図書館は積極的・効果的に使わなければ。もっとも、「今の若い人」は、そういう教育をばっちりと受けているのかもしれないね。
帰りに調布パルコの地下で買い物。ここ数年、ワインや日本酒が充実してきたし、ちょっとしたお遣い物が豊富なことに改めて気づく。本屋もレコード屋も服屋もカバン屋もあるし、ここへ歩いて来られた時代が懐かしくなった。今後も試合後に、たまには寄ることにしたい。
<追記>
この図書館では、ある時期を過ぎると判例時報の貸し出しをすることが分かった。幸運にも、その号の目次はこのblogに掲載されていたので、他で調べる必要がなくなったのであった。いずれにしろ、たまには図書館、いいものです。できれば図書館の隣に住んで自宅勤務したい。
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January 31, 2008
December 31, 2007
December 27, 2007
試合後、熊本駅でうだうだしていたら、広島の選手・監督がタクシーで駅へ到着。そのまま電車で帰っていった。彼らは来年も2回は熊本にやって来て、こうやってここから帰るのだろう。
その後、友人の友人に連れられ、まんまるという店へ(参考1,2)。ここが大分のこつこつ庵にも匹敵するような店で、馬刺しや馬のけったくり、からし蓮根といった郷土料理を堪能。我々は、きっとここに来るためだけに熊本に来たのだろう。次はいつになるのか分からないが、それがロアッソ熊本とのJ2同士の試合のときでないことだけを、切に切に祈るだけである。
そういえば、前回の記事を書いているころ、東京の若者たちは長居で戦い、タイトルを手にしていたのだった。仮に原監督を中途解任して倉又さんを一時的に据えるようなことをすれば、この快挙はなかったはずだと、少しだけ反省。
さて、シーズンオフ、移籍話ばかりで嫌な毎日だが、かつての仲間たちと一献傾けたいと思う今日この頃。
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December 09, 2007
パソコンの前で唸っていたが、何とか勝ってほっとした。もっとも、後でテレビで見たら、先制こそされたけれど、J1だからということもあるかもしれないが、試合をコントロールできていた。攻撃の梶山はもちろん、守備では徳永・茂庭の巧さが目立ち、途中で疲れたとはいえ石川にもキレが戻ってきた。ノリオも復調への過程? そうそう、言っても得にはならない話だが、第四の審判奥谷が主審でなくて、本当によかったと思ったのだった。
次の試合まで2週間もあり、心身ともに調整が難しいところだが、風邪をひかずに、何があろうともモチベーションを高く保って臨んでもらいたいところ。
平山の決勝ゴールのお陰もあって、今年まだ東京を見ることができるのはありがたいところ。で、個人的には28年ぶりの熊本、サンタ帽を持って行くつもり。夜行で行って試合当日の朝熊本に着き、翌朝早く出ようかと思っているのだが、久しぶりの九州遠征が楽しみでもある。どこで何を食って何を買ったらいいものか、他に何を見ようか、旅は計画中が一番楽しいもの。
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October 18, 2007
この土日で名古屋(豊田)に行くことにしたのだが、元から来週の木金は静岡(焼津)に出張。と思っていたら、火曜にまた名古屋日帰り出張が入ってしまった。うまく間を埋めて交通費を浮かしたいところだが、なかなかそうも行かない。
こうなったら読書に勤しむしかないだろう。最近は新幹線の中が貴重な読書の時間と化しつつある。さて、何を読もうかな?
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October 04, 2007
日刊トラベルビジョンより。
「同国は1992年に終結した内戦以降、再建に取り組み、GDP成長率は05年が19%、06年が17%と世界平均の4%より大きく突出。」
長倉洋海の「ヘスースとフランシスコ」に出てくるエルサルバドルも事実。
P.J.O'Rourke「楽しい地獄旅行―世界紛争地帯過激レポート
」のそれもそれ。
オリバー・ストーンの「サルバドル/遥かなる日々」は、本当に悲しい映画だったが、これだって、一つの事実を切り取っているだろう。
私の短い旅だって、少しは…
いずれにしろ、魅力あふれる国であることは間違いがないし、和平後にゲリラを警官にするなどして、それなりの雇用を確保し、あの悲惨な内戦から短期間で立ち直った英知は大いに賞賛に値すると思うのだが、この点について報じたものが少なすぎるような気がするのである。
そういえば、Jリーグが開幕した年、横浜フリューゲルスには、元エルサルバドル代表のチェローナという選手がいたのであった。もう覚えている人はほとんどいないだろうけれど。
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September 17, 2007
世界遺産の宝庫 中南米三大文明「インカ・マヤ・アステカ」展を見に、上野の国立科学博物館へ。待ち時間は30分ほどだったが、人を入れすぎで、よく見えない。
ここはナスカ展以来だが、マチュピチュについて、これまでは、インカが逃げ逃れた場所だといわれていただけに、以下のような説を知ったのが新鮮だった。
「ビンガムが持ち帰った400点以上の出土品と、174体の人骨、スペイン人による古文書から、マチュピチュは、15世紀の第9代インカ皇帝の築き上げた王直轄の都市であることがわかったのです。」
予算等の問題もあって、「3つの寄せ集め」というのは仕方がないのかもしれない。できれば平日休みを取って行きたいところだが、祝日のない8月でないと難しいかも。24(月・祝)日までである。
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September 09, 2007
京王多摩川鉄橋の少し下流。今でも水かさは普段より増しているが、一番すごかったときは、かつて私がサッカーをやっていた河川敷まで、水と物とが流れてきたことが分かった。久しぶりに「自然」を感じた。(サッカーのゴールは「避難」中)
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April 04, 2007
ゴールデンウイークに、ベルリンからちょっとだけポーランドに行こうと思っている。そういえば、サンドロさん(Sandro Chaves de Assis Rosa)が、大分からポーランドのポゴン・シュチェチン(Pogoń Szczecin)に移籍していた(2005年6月)ことを思い出した。
そこで、調べてみた。シュチェチンはドイツ(旧東ドイツ)国境に近く、ベルリンから日帰りが可能なほどだそうだ。ホームゲームがあったら最高だ!
でも、もう少し調べたところ、ポーランド語なんて読める訳もないのだが、彼は残念ながら1シーズンでブラジルに帰ってしまったようだ。ポーランド、特にボゴンに対しては人種差別的な動きもあったようであるので、彼も馴染むのがなかなか難しかったのかもしれない。 その1 その2(得点しているが、途中交代。交代者が多いので練習試合?) その3 その4 その5
さて、サンドロといえば、98年の東京ガスJFL優勝、99年のJ1への昇格とJ2ながらナビスコベスト4、00年のJ1での「東京旋風」への貢献が極めて大きかった。ブラジル人はアマラオばかりが注目されがちだが、これらはサンドロあってのものだったということも、忘れてはならない。彼は、CBというポジションで、激しいプレーをしながら、イエローも少なく、ほとんどフルタイム出場していたのである。上記のリンクで彼の姿を見ると胸が熱くなってくる。そういえばアウェイの大分戦の後では、東京側に挨拶に来てくれたのであった。
彼は日本語も堪能なので、またいつか日本に戻ってきて欲しい。日本サッカー協会は、日本サッカーとともに成長した彼を、特別表彰するぐらいのことがあってもおかしくないと思うし、僕らは彼に対する感謝の念を忘れてはならない。
ところで、今年の東京のCB陣は、サンドロの代わりを徳永、名コンビだった小峯の代わりを藤山が務めているかのように見える。そう考えると何だか微笑ましく思えるが、こんなことは言ってはいけないかもしれないけれど、もしもエバウドが帰って来ないのであれば、半年間だけでもいいから、ちょっと助けに来てくれないものかと思ってしまうのである。
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March 24, 2007
磐田に行かずにパソコンの前でうなっていた。大分(H)、柏(A)は行くが、4月から土曜日に副業的なものをやるので、ホームでも行けないとき、試合終了間際に到着といったケースがありそうである。日曜はワンチョペ・リチェーリが楽しみで、DF陣に不安があるも、それにもちょっと怖いもの見たさがある。控え選手にとっては大チャンスともいえるだろうし。
中国(上海・杭州)への旅(出張)についても、あまり面白いものは書けそうもないが、作ってみる。帰ってきてから検索をするのが一番楽しかったりするのだ。
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March 11, 2007
7日から10日まで中国に行っていて、残念ながら大宮・東京戦を見ることができなかった。4日には「42.195kmリレーマラソン 第16回国営昭和記念公園大会」なんてのにも、2年ぶりに出場した。
そんなことをしているうちに、3月も間もなく半分、「春はもうすぐ、そこまで」なのである。
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February 17, 2007
時事通信 2007/02/17-13:13
エクアドルのグアヤキル・リオバンバ・キトの鉄道の旅は、かなり人気の高いコースであり、私も「世界の車窓から」でも見た。実際のところ、私が旅したここから数件の記事を参照してもらうだけでも、その楽しさと若干の危険とが想像できるものと思う。
亡くなった方には、冥福を祈るとしか言いようもないが、この鉄道が無くなってしまっても悲しいし、たぶんそんなことはないだろう。
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February 12, 2007
写真は昨日の夕方、思わず撮ってしまったもの。富士山については、かつては千歳船橋駅からの眺めが立派だったが、複々線高架化によって変って来たようだ。京王線では八幡山駅からの眺めが見事。
検索してみたら、「富士山が見える駅」というサイトがあった。なかなか楽しめる。東京人にとって、富士山が見えるというのは、結構な贅沢なのだと思う。部屋から見えたら家賃を少し値上げされても文句は言わないかもしれない。冬がチャンスなのだが、天気次第でもある。
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February 04, 2007
昨日、府中市立総合体育館というところでフットサルに出てきた。昔は泣き虫の小学生だった、東京サポーターの某夫婦の息子も、立派な高校生となり、親と一緒ではなく一人で来ていたのにはある種の感動も覚えたが、こっちは無得点のまま、技術的な向上もなく、どんどん歳だけ取っていくのである。ジョギングをしているので、体力的にはそれほどきついこともなかったし、ケガしなかっただけでも幸いなのかもしれない。
分倍河原駅からバスで向かったのだが(本数が少ないのが難)、バスの中からでも富士山の夕焼けがきれいだった。また多摩川の河川敷に行きたいなあ。
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February 03, 2007
とある用事で約10年ぶりに経堂へ。この前は、いかなる時に何をしに来たのか記憶がない。30年以上も前、中学生のころは、隣町からときどき出てきたのが経堂。ジョイフルというのは田舎者の我々からすれば、何でも揃うデパートのような存在だったのだが、今見てみると、結構小さいのであった。反対によってなかなか進展しなかった小田急高架化も、代替わりもあってか梅が丘まで進展し、それも含めて周囲の風景は一変したが、それでもオダキューOXは健在。今ではこんなサイトもあるのだが、こんなことを教えられたり。ちょっと前に読んだ「散歩の達人(経堂・千歳船橋・祖師谷大倉・成城学園前)」には、知っている店はなくなってしまったが、またときどき足を運びたくなってきた。
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January 04, 2007
リンクを再整理。とりあえずワンチョペには無邪気に期待しようではないかと。
Wanchope
National Football Teams
Wanchope, Paolo
Tico Time
このHPは、突然コスタリカで生活をすることになった家族の記録です。
サッカー好きな我が家のコスタリカでの生活ぶりを紹介します。
エコスタリカ・ネット
コスタリカのスポーツ
コスタリカ代表紹介
コスタリカ政府観光局日本事務所
コスタリカのコギャル
最近のコスタリカ評価についての若干の問題
アジア・アフリカ研究所所員 新藤通弘
『アジア・アフリカ研究』2002年第2号Vol.42, No.1 (通巻364号)、
アジア・アフリカ研究所刊
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December 21, 2006
報知とトーチューで取り上げられたので、期待感がふくらむ。
ところで、コスタリカというのは、私も91年、93年に行っているのだが、最近ではエコツアーで有名になった、こんな感じの意外や意外、平和な観光国なのである。結構すごいでしょ? だから、絶対に貧しい後進国扱いをしてはいけない。でも、ササのときもそうだったけれど、ポルトガル語とは似ているとはいえ、微妙なコミュニケーションを考えるとスペイン語の通訳も取ったほうがいいのではないだろうか? ハラ監督は若干しゃべれるし、彼は英語もできるかもしれないけれど…
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December 10, 2006
桃太郎スタジアムは新幹線から見えた。メインスタンドは立派だが、あとは仮設という感じ。どこかに似ているような感じもするが思い出せない。オーロラビジョンがあるので、得点シーンのビデオ再生もあった。
まずはあっけない失点から。徳永が高木純平のマークにつききれず、右足のシュートがファーポストに当たってゴール。雨でスパイクが滑ったのではないかと思うが、シュートのコースは見事だったというものの、完全にフリーにしてしまったのが原因。個人的には結構萎える失点だった。
しかし、直後に追いついた。栗澤のコーナーキックにニアで増嶋が合わせて同点。さらに前半の38分。栗澤のフリーキックは「鋭角的」にカーブを描き(ともかく凄かったのである)、バーにあたり、こぼれ玉を梶山がねじ込んだ。
後半は清水がメンバーを代えてくるが、東京も押し返す時間帯が続く。ただ、メインスタンド側の副審はファウル、オフサイド、タッチラインを割った割らないの判断が訳分からず、選手・倉又監督とサポーターを怒らせる。サポーターも必死でルーカスをなだめる。初心者・田舎の審判は、J1新参者に厳しいような気もするが、もう7年目である。こんなに選手やスタッフが怒っているのは初めて見た。さらに、この副審はおかしなことに、後半の終わり頃からオフサイドを取らなくなった。さて、東京は石川を川口に代えて逃げ切りを図るが、戸田同様決定機を決められない。そしてだんだんと押し込まれ、藤山が不用意にチョ(チェじゃなかったね。12/21訂正)を倒してフリーキック。このこぼれ玉を藤本にダイレクトボレーで決められ、終了間際に同点に。東京は一人しか交代しておらず、徐々に足が止まっていたのだろう。始めから延長を予定した訳でもあるまいし、この決断の遅れが同点を招いたのだと思えてならない。
延長になってやっと二人目の阿部を投入するが、清水のペース。延長後半に馬場を投入して少しチャンスもあったが、PK戦かと思ったとき、フリーキックのこぼれ玉を決められる。その後、必死で反撃するが、またもこの副審がペナルティエリナ内のハンドを取らずにそのまま終了。これでシーズンが終了した。試合終了後今野が藤山と話していたが、あのファウルの前後の反省ではないかと思う。藤山はゲームを切りたかったのかもしれないが、追加点が取れなかったマリノス戦とそっくりなやられ方であったのがすごく残念。
だが、冷静に考えると、このメンバーで天皇杯を取るのは難しい。この日は増嶋がチョをよく押え、伊野波とともによく守ったといえるだろう。ただ、文丈のためということもあるが、若手のためにも、もう少し経験させてやりたかった。
04年のナビスコ以来、ずっと「踊り場」にいて、来年も「元監督」が戻るわけだが、果たして這い上がることができるのだろうか? そのためには何が必要なのだろう。
閑話休題。夜は会社の友人と和欧亭淳介というところで食事。日本酒は極聖だったっけな? 店の人もいい感じで、おいしい酒と食事を堪能した。岡山駅周辺はちょっと裏手に出ると、魅力的な店があるようである。
さて、翌日(今日)は、黒い岡山城と三名園の一つ、後楽園を見て帰京。宿泊したシティホテル池田も含め、全て岡山駅から歩いて行けるというのがいいところ。岡山はファジアーノ岡山がJFLに上がれず、しばらくは訪れることもないだろうけれど、大阪と広島に挟まれ、四国への入り口でもある交通の要所でもあるので、立ち寄る機会があったらまた訪れたいものである。アウェイで意外に面白いのは、スーパーの醤油とソースの売り場を見ること。岡山は大阪と広島の影響が混ざっているようであった。駅前のうどん屋「のんき坊」は関西風のうどん。麺が柔らかかった。
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October 31, 2006
ちょっと前に、とあることで永平寺に行く機会があった。福井県を通過したことはあるが、降りて歩くのは初めてだった。特に修行僧の話が素晴らしく面白かったが、寺の食生活に慣れると、脂っこいものは欲さなくなるそうである。半年ぐらいあの生活をしたらいいかもしれないとも思ったが、冬は実に寒そうである。そういえば最近見たGoogle Earthでは、このあたりは雪景色だった。よく覚えていないけれど、他の宗教も尊重するという考え方は、海外のどっかの過激な宗教
家(?)に教えてやりたくなったよ。
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September 26, 2006
September 17, 2006
京都戦でがっくり来たあと、阪急電車で茨木市駅に出て、ホテルクレストディオにチェックインするためJR茨木駅まで歩く。20年ほど前、昭和末期から平成にかけて、このあたりに住んでいたのだが、2つの駅が近いのかどうかも忘れていた。当時は車を使って生活していたので、覚えているのは「点と点」でしかないのである。阪急の駅には10分程度で到着。荷物をホテルに置いて身軽になったのだが、今度はバスで阪急茨木市駅へ戻る。総持寺駅まで一駅乗って、かつての通勤経路を戻り始める。途中で脇道に入ったら、ちょっと道に迷ってしまった。フジテックの煙突や関西スーパーや工場が変ってなかったので、思い出すことができたけれど、飲食店はほとんどがなくなっていた。そりゃあ20年もたてば変るよな。当時はなかったセブンイレブンが大阪にあるだけで驚いていてはいけないのだが、100円ショップなんてものもなかったのである。ケータイもなかったから、寒い中を赤電話に走って行ったことも思い出した。結局、喜泉という居酒屋に20年ぶりに行き、牛タンとシシトウ・ナスとビールと酒。何だか安かった。そういえば、アンコウ鍋とか旨かったんだよなあ… よく行っていたカラオケの店はこの横にあったはずなのだが、跡形なく消えていた。もしあんな店があって、当時の姉ちゃんがそのままババアになっていたら笑えたのだろうけれど、カラオケボックスというものも出てきたし、それは無理ってものだ。
翌日はJR高槻に出て、阪急高槻市まで歩いてみた。茨木よりは駅同士がずっと近いのだった。潰れたスーパー、生き残っているスーパー。記憶も少ないのだが、かなり変っていた。商店街には「ガンバ大阪を応援する」という旗が。当たり前だが20年前にはJリーグすらなかったのであった。大阪には2年半しか住んでいなかったので、深く覚えてないことが多いけれど、街の変化を見るにつけ、ここ数年日本は停滞しているというのは嘘だと思うし、酷く未熟者だった昔を思い出し、自分も少しは成長したのではないかと思ったのである。
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September 09, 2006
大阪出張帰りに、17,8年前、かつて最悪の時代を過ごした職場付近を徘徊。梅田からいかがわしい界隈を抜け、国道沿いのビルへ。私がいたところも含め、当時のテナントはほとんど出て行っており、法律事務所だらけのビルに。周囲は全国チェーンの居酒屋、その他の外食産業、コンビニが数多く出現し、東京と変らぬ風景に。近くのビジネスホテルも名称が変っていた。更に、モーニングを食べていた喫茶店は14年前に一度訪れたが、これも消滅したようだ。
最近、かつて過ごした街を数十年ぶりに訪れては、その街の変貌に、自分勝手に胸を痛めているのである。
さて、来週の京都行きの際には、その当時住んでいた茨木市を徘徊してみようかと思う。ここも10年ぶり以上だ。
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August 06, 2006
苦手な団体旅行に思わず申し込んでしまい、ソウルへ行ってきた。
後でもっと詳しく書こうと思うが、試合は負けるべくして負けたもの。前半開始直後の茂庭と土肥のコンビネーションミスで取られた1点が響いた。浅利が元気な姿を見せ、2000年頃を思わせるような低い位置からの玉さばきが懐かしかった。今後の出場機会はありそうだ。いっぽう、藤山は好プレーとミスとの両方があったような感じで、特にボールを奪った後の攻撃の起点として、課題を残したと思う。また、宮沢・赤嶺あたりにもっと元気のあるプレーを期待していたが、いま一つ。攻撃は全体として、最後のところの意図が見えなかった。川口も頑張ってはいたが、基本技術の問題は如何ともし難いと思う。むしろ、飛行機が嫌いなため欠場した(?)戸田を見たかった。
今野が負傷したということで、当面は昨日のメンバーの一部を伊野波・梶山と新外国人のワシントンに代えて戦うのであろう。ただ、昨日を見ている限りでは、浦和や千葉には通用しそうもないというのが正直なところ。また、今後の東京ということ以上に、首都対決、日韓関係からいっても、ここはソウルを叩いておきたいところだったので、私自身の落胆は小さくなかった。
さて、昨年・今年とも一言でいえば「不本意なシーズン」、つまり失敗だったということは明らかになりつつあるといっていいだろう。その原因を徹底的に追求してもらいたいものである。監督というよりもチーム作り全体の問題ではないかと思うのであるが…
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July 16, 2006
明治大学調布付属校用地の遺跡(仮称)というのは仮称とはいえ冴えないし、「都下最大級の後期旧石器時代遺跡」というのも、あとでよく見れば限定条件がついているが、調布市富士見町と三鷹市大沢にまたがる野川近辺の遺跡。現地説明会があると知り、昨日、かつて12年近く調布に住み、この近くのアパートも選択肢の一つとして考えたことがある身としても、楽しみにして見に行ってきたのだった。
こういう世界については、無知であっても想像力が働き、右脳に刺激が与えられるような気がして楽しい。様々な時代の地層が重なっているが、昔は多摩川はこのあたりを流れていたものが、現在の野川 と分かれたようである。野川というのはそれなりに自然が残り、神秘的な場所でもあるが、「遺跡銀座」と言われるほど、昔から人が住んでいたところだそうである。このあたりは人の交流が盛んだったところで、石焼料理の調理場まであったそうだ(右から二番目の写真)。
私はかつてここから2,3キロぐらいのところに住み、このすぐ近くで草サッカーをして、FC東京のホームスタジアムもこのすぐ近くにできた訳で、祖先は東京ではないけれど、この遺跡にもただならぬ縁を感じてしまうのである。
クソ暑い日で、昼飯は、久しぶりにTHAI TOYへ。ここは地元の人しか知らなかった隠れた名店である。ランチは初めてだったけれど安くて旨い。直後に激しい雷雨が降ってきた。



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June 11, 2006
「世界遺産ナスカ展」にようやく行ってきた。「実物」のナスカには95年8月に行ったのだが、その直後、撮影した写真はおろか、日記帳まで盗まれてしまったので、過去の個人的なことを想いだすことも目的だった。
特に国内では博物館・美術館にはあまり縁がないのだが、雨の日曜の朝なのに約1時間待ち。中も混んでいて、休日に行くもんじゃないなと思ったのだった。
さて、ナスカの映像その他でセスナに乗ったときの記憶も少し想い出したし、ミイラ・土器・布なども人だかりがすごかったけれどよかったし、見ていた人も皆そう思っていただろう。豊富な所蔵物についてはリマの国立人類学考古学博物館(その1,その2。最近では館名に「歴史学」もついた?)のが多いのは納得だが、イカ(Ica)のアドルフォ・ジェンキス・イカ地方博物館は日本では無名だと思う。ここにもなかなか豊富な所蔵物があること、98年から近くのパルパで発掘が始まったことなど、ナスカ付近を再訪してもいいような気にもなってきた。でも、「少年老い易く学成り難し」ということもあって、歳だけはどんどん取って行くのだが、なかなか学んで身に付くことが少ない中、行きたいところが多い割に行くチャンスは少ないのかもしれない。ううむ。
なお、東京では6月18日までだが、その後、鹿児島・静岡・大分と、来年2月まで行われる模様(記念出版物による)なので、慌ててアドルフォ・ジェンキス・イカ地方博物館に行っても、「もぬけの殻」なのかもしれない。
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May 24, 2006
1994年に14連休を取ったときには、2000年20連休が目標だった。でも、それは叶わなかった。そこから連休は1日も増えていない。国民の休日数が増えているのに、会社の年休数が変わらないというのもその一因かもしれない。語呂的には2020年の20連休かもしれないが、そのときには私がサラリーマンなんぞをやっているのかどうか分からない。
ということで「目標達成」は難しいのだが、ワールドカップが来る度に、「人間、休むときは休むんだよ」ということを先人たちに知らしめたり、バカ騒ぎして少しは国内消費増加に貢献したりしたりしながら、皆で世の中を変えて行きたいと思うのである。この「お祭り」のときには、有給・半休はもちろん、遅刻や早退、外出直帰、締め切りの延長、その他考え付く限りの不規則な行動を繰り返したいものである。
まあ、適当に仕事をサボりたいだけだけれど…
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May 15, 2006
フランスサッカーといえば、シャンパンサッカーとかいうが、ランス以外のものをシャンパンと言うのは不当表示だとか、ジダンもシセも海外だとか、リヨンだリールだマルセイユだパリ・サンジェルマンはどうしたんだ、なんてことがあるのだろう。
でも、夜の試合でもパリに戻れる(フランスのほとんどのところでは、その地で一泊が必要)という便利なところにあるクレテイユの存在は、意外に知られていない。実は他はリールで見ただけなのだが(リールも気に入った)、クレテイユは、フランスじゅうでもお勧め中のお勧めなのである。クレテイユはフランス2部、どちらかというと、黒人選手のスピードと身体能力中心のサッカーで、中盤のダイナモがやたら頑張るのが素晴らしいが、間違っても華麗なパスワークなんか存在しない。しかし、ホームでの強さには羨ましいものがある。昨年は2部残留を決定付ける試合、今年は大黒を一蹴する試合と、特に日本のゴールデンウイーク時期にホームで頑張ってくれるようである(でも、来年のこの時期は、できれば南米サッカーを見たいなぁ)。
さらに、スタジアムのバックスタンドの床は、市原臨海みたいな音の出る仮設スタンドだが、これがまたしょぼい試合内容とリンクして、子供たちが足を踏み鳴らす様を見聞きしていると、Jリーグ(特にFC東京)が失ったものを思い出して、嬉し涙が止まらないのである。いつの日か、かつての東京のように1部に上がって、名門チームをなぎ倒す姿を見せてもらいたいものである。それも、あのスタジアムを満杯にして…
という状況だから、もちろんチームグッズなんて無粋なものは売ってないので、試合後に選手がファンに投げ入れるユニホームの競争率はかなり高く、入手するのはまず困難だが、だからこそ、価値があるのだろう。でも、そんなショボいチームのジャージを地元の子供たちは実に誇らしげに着ているのである。俺もあれ、欲しいなあ…
でも、フランス2部をバカにしてはいけない。試合後に選手名をチェックしてみると、よく分んないようなアフリカ各国の代表が盛りだくさん。もし、貴方が全ての国を白地図上で示すことができるのであれば、明日にでも地理選択で大学受験に合格できる実力の持ち主といえる状況である。
さて、以下にクレテイユvsグルノーブルの試合レポートをいくつかリンクしてみたが、クレテイユが大黒のいるグルノーブルに勝って大喜びをしている「非国民」は私ぐらいのようである。
<クレテイユ1-0グルノーブル、リンク集(順不同)>
その1 その2
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May 11, 2006
旅について久しぶりに更新した。詳しくはここから。これからまた少しずつ。
代表は苦しいねえ。いつか宮本を切って茂庭を入れ、4バックにすべきだと思っていたんだが、もう手遅れだろう。そうした場合アレックスのところが穴になるけれど、3バックの一人を左サイドバックの駒野か不本意ながら中田浩あたりにして、アレックスは中盤に上げ、加地も含めた4バックというのもありかもしれない。あと、海外組よりも巻だなあ、やっぱり。たとえ負けてもまだ納得できる。
スコットランドは、さっきテレビでちょっと見ただけだけれど、「日本のよき先生」となってくれそうだ。でも、ここは土肥と茂庭を出して欲しいところ。いずれにしても、CBとCFが弱いのが日本のようだが、3バックのチームを叩きのめすような1トップ、3トップのチームが出て来なかったJリーグの問題もあるかもしれない。でも俺は何でこんなに3バックが嫌いなのか? まあ、4バックが好きだからというのは誰かと一緒だ。
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May 09, 2006
今朝帰ってきた。大黒が出場した「クレテイユ1-0グルノーブル」も後半からだが見た。あの試合を現地で見た方には、先入観なしの意見をいただきたいもの。見たことについては、なるべく早く更新したい。ところで東京は1勝1敗だったのだね。まあ、2分よりはましだね。
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May 01, 2006
ということで、明日から9日まで、フランス・ベルギー・ルクセンブルクへ。東京の試合は、残念ながらアウェイ甲府とホーム大宮戦を欠場し、To*scaにも駄文は書いたものの、5月6日の配布には参加できないのである。
で、フランス2部はクレテイユvsグルノーブル(大黒)は大いに楽しみなのだが、1部は結局下位3チームが確定し、あとの2節は消化試合になったようだ。PSGあたりでお茶を濁すかなあ…
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April 30, 2006
一緒に東欧・中米を駆け巡った友人が死去してから10年がたってしまった。私の人生も、確実に終わりに近づいている訳で、もちろんこれから摂生や治療で命が延びることもあるだろうけれど、彼のことを思い出しながらも、いろいろ考え込んでしまうのである。
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5月5日(金)にクレテイユとグルノーブル(2部)の試合を見るつもりなのだが(消化試合にもかからわず大黒は出るのかも)、5月6日(土)に行く1部の試合が決まらない。今日、おそらく日本時間の明日に試合があり、その結果次第で1部残留・降格が決まるかもしれないからである。
3チーム降格らしいが、35/38節現在の下位の勝ち点と試合相手は以下のとおり(勝ち点。日程4月、5月)で、下3つが少し離れている。
ソショー 勝ち点37 4/30メス(A) 5/6トロワ(H) 5/13トゥールーズ(A)
トロワ 勝ち点35 4/30トゥールーズ(H) 5/6ソショー(A) 5/13ニース(H)
ストラスブール 勝ち点28 4/30ナンシー(H) 5/6マルセイユ(A) 5/13オセール(A)
アジャクシオ 勝ち点27 4/30ニース(H) 5/6PSG(A) 5/13サンテティエンヌ(H)
メス 勝ち点26 4/30ソショー(H) 5/6ニース(A) 5/13PSG(H)
現在考えているのはソショーvsトロワの「残留決定試合」だが、30日の試合でストラスブールが勝っても、トロワが勝ち、ソショーが引分け以上で残留・引分けが決まるし、ストラスブールとアジャクシオが引分け以下なら、トロワも引分けで決まる。
ソショーはBesançon(ブザンソン)の近く、Montbeliard(モンテベリアル)という町にあるチームで(ここによれば)、行ってみたい気もするが、交通の便はよくない。
優勝はリヨンに決まっているが、上位争いの何とかカップ出場権がからむ試合を見たほうがいいのかもしれない。ただ、ルールがよく分からないのである。あと、消化試合以外は、チケットを取っておいたほうがいいのかもね。
なお、基本的には夜試合があると、その日のうちにたとえばパリまで帰るのが不可能なのがフランスのようである。この時期は、残留・降格との関係で同じ時間のキックオフ、夜のようだ。キックオフ時間などはここで。
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April 13, 2006
せっかく5月5日に、パリ郊外でフランス2部のしょぼい試合で、大黒を見ようと思っていたのに…
これぞ神様、仏様、大黒様だ!W杯へ“当確”の3発!
サンケイスポーツ 06/04/05
<抜粋>
現在9位のグルノーブルは今季残り6試合で、1部昇格(上位3チーム)は絶望的な状況。この日の勝利で2部残留は確定したため、クラブ側は4月の残り4試合終了後、大黒を日本代表に早期合流させるスケジュールで動いている。
関係者も「5月初旬には日本に戻ってくる」と話しており、国内でのキリン杯で2試合フル参戦が可能となる。
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March 26, 2006
「世田谷ブランドアップ協議会」というところから出た「歩くせたがや21コース」という本を、渋谷区の京王線沿線の書店で見つけて衝動買いした。私の出身地(実家)の近くも出ているからである。
買って帰ってきて、ぱらぱらとめくっていたら、ガーロ監督を中心とするFC東京の選手集合写真を使った広告が!
しかしながら、数頁後にはヴェルディの広告もあったので、「ぬか喜び」。「VS愛媛FC」「ヴェルディは世田谷区でホームゲームを開催します!」「2006年3月18日駒沢スタジアム」なんて書いてある。でも、この本を買ったのは昨日(3月25日)で、この本の奥付には「2006年3月30日発行」とあるから、実際この本がいつから店頭に並んだのかは分からないけれど、ほとんどの人にとっては「過去のできごと」の広告に過ぎないのだろう。
駒沢については、照明設備がないという問題もあって正式なホームにはできないというのは過去にさんざん聞かされた話だが、個人的には昇格前の思い出の詰まったあの古いスタジアムで、たまには試合を見たくなるときもある。東京としても、2万3千人弱しか入れないから、現在では状況によっては満員になってしまうので、使うべきではない場合が多いのだろうけれど…
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March 19, 2006
日本とキューバとの野球の世界選手権の決勝が米国のサンディエゴであるというのは面白い話である。そもそも米国とキューバとの関係を考えると、日本で北朝鮮が日本以外の国と決勝戦を戦うようなものだ。たぶん選手以外のキューバ人は入国を認められないのではないか? それでもすでに移り住んできた人やその子孫もいるだろうから、キューバを応援する人もいるかもしれない。日本が勝ってもめでたいが、キューバが勝ったら米国民は落ち込むのかどうか、ちょっと見てみたい気もしないでもない。
で、先日述べたこともあるが、キューバが野球のタイトルを米国でとった影響があるかどうかは別として、米国は米国でワールドカップで優勝してしまえば(少なからず可能性はあると思っている)、「ヤケクソ」的に、「この世界も捨てたもんじゃないぞ(2006年にして21世紀末?)」ってことで、米国人が意図しないところで、少しは世の中が平和になるのではないかと、妄想にかられているのである。
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妻が、ひょんなことで出会ったウルグアイ人女性と、東京で三人で話をする機会があった。妻は結構英語ができるのだが、彼女の訛りある英語と私の低レベルのスペイン語も交えながらのコミュニケーションは、頭が疲れるけれど楽しいものだった。
私のウルグアイは一泊 二日だが、これだけでも日本人としてはかなり珍しい部類だった。また行ってもいいような気もした。私がかつてモンテビデオで泊まったホテルはHotel Aramaya。レストランはEl Viejo Sancho、お勧め。
それにしても、英語もそんなにうまくないのに、地下鉄の地図を片手に浅草経由で日光へ行ってしまうこの人、私の旅心にも「点火」されそうな感じでもあるが、そんな旅が可能な日本というのは、意外といい国なんだと思うのである。日本も特に人口減少という環境下では、外国人旅行者は大事にしないといけないよね。
ウルグアイはブラジルとアルゼンチンの間にある陸続きの小国で、言葉も同じか近いためか、少なくとも外国(日本)においては、自国人だけでなく、南米近隣諸国の人とあまり違和感なくつき合っているようだった。そこが海外における日本人と違う点かも。
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March 11, 2006
木曜日に何か書こうとしたら、長時間ココログがトラブルで書けなかった。
さて、今日は新潟に行かず、テレビ観戦。一つぐらいいい遠征をしたいが、今年はどこかな?
ゴールデンウイークには、フランスに行くことになった。前にBlogにも書いたのだが、クレテイユ(自分のページ)と、グルノーブルとの試合を見ようと思っている(日程表)。特に大黒を見たいということではないのだが、パリから近く便利なクレテイユを再訪するというのは悪くない。翌日は、パリ・サンジェルマン(日程表)か? もっと変った試合を見たい気もするが、今回はあまり長い休みではないので、仕方がないだろう。
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February 22, 2006
19日の日曜日、京王線、京王多摩川駅先の橋の下(河川敷には2.7キロの表示がある)から、まずは4.3キロメートル地点まで。途中工事で少し回り道があって、さらに4.3キロメートル地点(ここまで調布市)から府中市の0キロメートル地点までには、50メートル程度間隔がある。そこから6キロ、府中市を南武線をくぐって中河原方面まで駆け上がり、6キロ地点(累計7.6キロ強)で折り返し、走り始めた調布の2.7キロ地点まで戻って(15.2キロ強)、逆に狛江市に近い調布の0キロメートル地点へ(17.9キロ強)。それから2.7キロ地点(20.6キロ強)を越えてさらに200メートルを往復(21.0キロ強)。実はハーフマラソンの本当の距離が21キロなのか、21.0975キロ(マラソンのちょうど半分)なのか、21.1キロなのかも知らないのだが、いずれにしろ、回り道と間隔とを足せばクリアしているはずである。タイムは107分とちょっとであった。100分を切るのが目標か?
最後は筋肉痛で完全に足が止まったが、久しぶりに多摩川の風景を拝んで、楽しくもあった。でも、フルマラソンを走る気にはならない。体を悪くしそうだから。
ここを走っていると、「ホンモノ」のランナーに抜かされるが、同じ人間とは思えないのである。
その後、5,6年ぶりに京王多摩川駅近くの緑湯へ行って一休み。気持ちいい。市内を散策したかったが、足が痛くて京王多摩川駅に戻った。今度は中河原よりも、もっと川上側まで走ってみようかな? なお、京王多摩川駅のコインロッカーは駅構内にある。
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February 18, 2006
これは最近の事件の中でも、尾を引きそうなものであると思うが、 デンマークというのは、単に物価が高いだけでなく、福祉が行き届いていて精神的にも先進国中の先進国であり、外国からはユーモアのセンスの素晴らしさが賞賛され、「自由と責任」というようなことについても、深く深く議論がされていると聞いており、このことはおそらく間違いないだろう。その中で、自由について考え違いをした人が、問題を起こしてしまったということなんだろう。
その国と隣国ノルウェーがからんだ事件で、当該イラストがたとえば人種差別と同様なほど屈辱的なことなのかどうかは、私には分からないが、それは苦痛を感じるものの尺度で考えるべきなんだろう。ただ、だからといって、バカにされたので、それに怒って投石して暴れるような人々を許容することはできないよね。彼らはきっと、神の教えに忠実なイスラム教徒ではないんだろう。仮にそれがイスラム本来の教えに背かないというのであれば、私はタリバンと同様に、一生お友達になれそうもない人が多数いることになるが、それでも仕方がないんだろう。たぶん、穏健なイスラムの人たちが沈静化を呼びかけ、彼らの考えていることもあるはずなのだが、そういう発言がほとんど届いて来ないのは、私自身か取っている新聞が悪いんだろうか?
実は今回の事件で精神的に一番傷ついているのは、良識あるデンマークの普通の市民たちなのではないかと、10年以上前の僅か数日間の旅の経験から、考えているのである。旅をしていて気持ちのいい国の一つだったから。「連帯責任扱い」で、大使を召還されるぐらいは「ポーズ」として仕方がないかもしれないが(?)、国旗を焼かれたり、その国の商品の不買運動をされたり、ましてやサッカーの代表の試合まで中止されたりというのは、理解のできないことだと思うよね。
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January 29, 2006
1月28日 14:00~15:30 TBS
テレビ番組をチェックすることなどほとんどないのだが、何を見るともなくテレビのリモコンををいじっていたら、こんな番組があるということで、わくわくして見たのだった。クスコ・マチュピチュ・ティティカカ湖(プーノ)・ナスカ・チクラヨには私も行ったが(ここの「南米」より)、さすが芸能人というかテレビ番組というか、そう簡単には行けないところを含んでいて、うらやましかったのである。
まあ、それはそれとして、番組ではインカ前からのペルーが凝縮して描かれ、時間のたつのを忘れそうになる90分間であった。大陸的な大自然はもちろん、見事な建築(石造り)、織物の模様、食文化など。旅行経験者としても、「ちょっと旅心に火がついちゃったかな?」という感じ。さて、いつごろ、どこに…
ところで、ペルーといえば「ペルー気ままに一人旅」というサイトが詳しい。
という訳で、「うー、旅だ、旅だ!」ということで、これを書きながら久しぶりで南米関係のサイトを見ていたら、中南米各地の貴重な鉄道旅行記を含み、ファンであった「旅のち鉄道ときどき競馬」が05年5月末をもって閉鎖されていたことを知り、愕然とした(リンクは閉鎖の辞)。旅日記のサイトは結構閉鎖・移動される場合が多いが、ブックマークしかないので閉鎖してから時間が経って気づく場合も多く、その都度片思いの友人を亡くしたような寂しい気分になるのである。
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January 26, 2006
幡ヶ谷は不如帰・一英、八蔵があったところに清元とラーメンの新規開店が続々。
清元は、八蔵にいた人がやっていて、メニューや味も八蔵を引き継いでいる。これから彼ならではの色が出てくるといいなと思う。近所の他店からの「祝開店」も多かったので、実は「戦争」ではないのだ。それにしても皆さんの創意工夫、店を持つことへの情熱などには感心する。サラリーマンにも「自営意識」が要るように思えてきた。
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December 31, 2005
フランス2部といえば、私にとっては05年ゴールデンウイークに見てきたCréteil 1-0 Amiensなのだが、フィジカルとスピードのアフリカ系黒人選手中心のリーグであり、グルノーブルに移籍(2006年3月11日にリンク先を変更)する大黒には、どう見ても不向きな感じがする。「大」な「黒」だから大丈夫だというようなバカなことも、おちおち言ってられないだろう。そこから見事に昇格に貢献した松井は偉いというか異能というか、そういうことだったんだろうけれど…
さて、大黒をフランスで見たいというような奇特な方で、ここを見ている人はいないだろうし、仮に何かのご縁でパリに寄ったとしても、グルノーブルは遠い。チャンスがあるとすれば、やはりパリ近郊のCréteilだとこじつけると、CréteilとGrenobleの試合の開催日は、素晴らしいことに06年5月5日!(Créteil日程表。05/05を参照(2006年3月11日修正)。開催日は少しずれる可能性もあり) まあ、スタジアムまでの行き方その他は上記の試合レポートでも参考にしてもらいたい。前売りを買わなくていいことだけは保証できそうだ(いや、やっぱり責任は持てないけれどね)。ちなみに、グルノーブルのサイト(日本語もある)によれば、ゴールデンウイークがらみでは、4/28と5/12にホームゲームがあるようだ(我ながら、余計なお節介)。
なお、フランスサッカー現地観戦に役にたつサイト1位はここだと思います。「お世話になってます、陰ながら応援してます。」ということで、ブログに初めてトラックバックを貼りました。
さらにさらに、このブログでも繰り返し紹介しているが、試合の前後には"National football teams"に両チームや所属選手名を入れてみると、見ていると何てこともない選手が、意外に貴方に縁のある(日本代表との試合に出ていた程度かも)選手であることに気がつくかもしれない。
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November 24, 2005

前日は昇格を決めた陸上競技場へ。見事に撮影に失敗したけれど、2名がテントを張って寝泊りしたのはこのへんのはずだ。
その後、越後荒海料理の店志乃田へ。6年前には、チームオフィシャルツアーに参加したのだけれど、確か一泊したのは人もまばらなバス1台だけで、サポーター数人と、ここでチームフロントの某氏も含めて食事したのだったと思う。
ホテルはそのときとは違って、格安の新潟ステーションホテル。駅から至近で3,780円だった。

翌日は、まずは阿賀野川舟下りに。昨年、郡山からバスで新潟へ行ったのだが、そのときの阿賀野川の絶景の連続を見て、一度来ようと思っていたのだった。新潟から磐越西線で三川へ。駅前の民家では大根を干していたが、こんな風景がいたるところで見られるのだ。

こんな舟で50分ほど。結構揺れるが絶景の連続で楽しい。江戸時代頃は会津の物産がこの川を下って新潟まで運ばれたそうだ。このあたりは山がちなので、陸上での交通は明治以降の話だそうである。温泉もあり、野生の動物も結構いるそうだ。

さて、試合前のビッグスワン。"I BELIEVE."残留への長き道ってことかな? アウェイだね。そういえばチアガールたちも奮闘していた。チアガールといえば札幌もあるけれど、どうして寒いところほど薄着して頑張るのだろうか?
試合のことはもう論議し尽くされた感もあるけれど、開場に着いたのがキックオフ45分ぐらい前で、開場の外にいたのだが、「主審イエモト」というのが聞こえ、顔も知らない者同士が目を合わせて薄ら笑い。
前半のスタートは東京のプレスがはまり、大量点は時間の問題かと思っていたところ、新潟が東京の右サイドから攻撃してきて、ブラジル人トリオでチャンスを作る。決定機は新潟のほうが多かった。後半開始直後も藤山がかわされ、(エジミウソンの)シュートがポストを叩く。
その後、東京はササを投入し、少しずつ攻勢にまわり(11/27修正)、梶山が目立ってくる。そして、マークが分散したためか、ルーカスも生きてきた。ただ、GKとの一対一を決めきれず、今ひとつ突き抜けるものがない。そこでということだろうか、東京は栗澤に代えて戸田を投入し、更に攻勢に出る。これが功を奏したのだろうか、梶山がペナルティエリアまで持ち込み、DFをかわしてシュートと思いきや、ササにパス。ササがこれを豪快に決めて先制。
その後も東京が攻めるが、決定機を決めきれず、ササ以外には戸田の一発もあったが、他にいいシュートもなく、終了間際には中途半端な時間稼ぎからボールを奪われ、あわやというシーンになりかけるも、何とか逃げ切って勝利。
試合後、「ウメッティ」コールに、98~99年は右サイドバックのレギュラーだった梅山が東京ゴール裏に来て挨拶。不覚にも涙が出てしまった。上記の「想い出の地」では、右サイド、梅山→由紀彦→加賀見(反転ゴール)という展開だったのだ。そのポジションをこの試合で藤山がやったというのも面白い。「試合後は皆仲間だ」というのは、プロだったり国を背負ってたりすると半分幻想かもしれないが、少なくとも半分ぐらいは真実なのかもしれないと思うのである。
追記(11/27)
試合後、タバコを吸う人とともに喫煙場にいたら、空を飛ぶ白鳥の群れが大量に見えた。これまで新潟では下を向くような試合が多かったので、気がつかなかったのであろう。あれを見ただけでも来た価値があったのかもしれない。
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November 22, 2005
今日は会社を休んだ。新潟へ一泊で行くためにだ。
昨年は新潟・東京戦のチケットが売り切れてはいけないと思い、発売初日に買ったら、買った当日例の地震があった。その瞬間は横浜国際にいて、試合直後だった。新潟へは結局郡山からバスで、「行くのがやっと」という状態で、会津若松から先は絶景だったが、試合は新潟再開後初ホームで白星をプレゼントするのを見ただけだった。
今年は昇格思い出の地、「市陸」等も含め、観光も兼ねて乗り込もうと思っている。
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August 07, 2005
父母のところにフランス人の若者2人が来ているというので、花火でも見せたらどうかということで招待。父母と妻と6人で。開催は19:15からというところ、18:30ぐらいに到着。場所は本八幡駅から歩いて30分弱のところだが、じゅうぶんにスペースあり。篠崎のほうはもっと混雑するようなので、こっちは穴場なのかもしれない。
少し打ち上げ場所から遠い場所だったためか、音と「高さ」に「もう一声」欲しかったが、フランス人も含めてじゅうぶんに堪能することができた。夏はやっぱり花火だね。
花火というイベント、我々のような観衆は、ダイレクトには主催者には金を払っていないのだけれど、人が集まるということで、どういうものかは分からないがビジネスモデルがあるのだろう。維持するのは大変そうだが、特にローカル色の強いものが残って欲しいものである。
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August 06, 2005
本日行ってきます。
本八幡側から見ようと思うのだが、どの程度混むのだろうか?
それにしても今日も暑い。
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July 09, 2005
神戸戦と日程がぶつかっていたのね。試合ができて花火ができない程度の荒天を望みたいところだ。ただ、よく考えると、その場合、花火ができない(翌日に順延となる)ほどの荒天の中、試合が行われている場所は、ほとんど屋根のない国立という状況になる。調布を出て2年半がたつが、調布の花火大会と東京のホームゲームとがぶつかるのは初めてだから、凄く凄く残念。
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June 25, 2005
飲んだくれていたため、コンフェデもワールドユースも、「最終戦」は一部しか見ていない。
現在、ゴールデンウイークの旅の記録をまとめ中。更新記録はここに掲載。この旅、ちょっと前のことなのだが、ずいぶんと忘れている。なお、サッカー3試合の記録はまだ。しばしお待ちを!
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May 27, 2005
京王新線から長いエスカレーターを登り、JRに乗り換えようとすると、新宿駅南口が現れる。高校生ぐらいからよく通った場所だが、今ではここは最悪の場所だと思っている。
全く動線が意図されていないためか、人が前からも後ろからも斜めからも来るし、オマケに傍若無人の待ち合わせの輩や緊張感なくケータイいじるボケが混在していて、まともにまっすぐ歩くことさえままならない。さらにJRの切符を買おうと思ったら、更に更に奥へ歩いて行かなければならないのだ。さらに輪をかけて、イオカードがなくなってからは、JRの定期を持たない(ただしくはデポジットを払わない)私等は、更に更に更に奥へ行かなければ切符が買えないのである。
いっそのこと動く歩道でも着けて、動線をコントロールし、緊張感のない人や邪魔な人が入れないようにしてしまったらどうなんだろう。こんなに腹の立つ場所は他にはないと思っていたら、昨日行った池袋も結構酷かったかも。
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May 19, 2005
ALBA Trailmaster A-430という時計を使っていたが、CASIO STR-800-1JFに。
夜のジョギングにも使えるようにストップウォッチとライトがあり、海外旅行用に目覚ましとデュアルタイム表示になっているものを選んでいる。今度のはラップタイムがたくさん入れられるのがいい。
その昔はCASIOのワールドタイムという世界地図のイラストが書いてあるのを使っていた。使いたい機能を満たした道具というのは嬉しい。
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May 09, 2005
イタリア・フランスの「珍道中」から帰ってきた。
東京の連敗についてはネットカフェで見ていたけれど、次の試合を見てから考えたい。ビデオ予約もしていないし、負け試合のビデオなんか見たくないしね。
向こうではこんな試合を見た。文句なく一番面白かったのは(2)の試合だ。全ての試合について、後日レポートしたい。(2)と(3)はスタジアムへの行き方等も含めて…
(1)fiorentina 1-2 Milan (セリエA)
(2)USCL(Creteil) 1-0 Amiens (フランス2部)
(3)Lille 1-0 PSG (フランス1部。途中まで)
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April 07, 2005
台湾出張からの帰り、ヒルトンホテルも見えてきて、車輪が出てくる音もして、いよいよ成田に着陸と思ったら、急に機首が上に。そのまま関空へ。
そこで、以下のような書き込みをケータイから送ろうとしたら、ココログ止まってやがんの。
「台湾からの出張から帰って来たら、天候の関係で着陸地が成田から関空に変更に。機内でこれを書いている。」
成田13:15着の予定が関空14時過ぎになり、16時過ぎに関空を出て成田に18時過ぎ。バスで新宿に向かう途中でさっきのヒルトンが見えた。で、家に着いたら20時だよ、ったく!
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April 03, 2005
ゴールデンウイークにイタリアとフランスに行く予定。がらにもなくセリエAを1試合(フィオレンティーナvsACミラン)見ようと思っているが、ローマ法王死去により、日程に注意が必要かも。あとはフランス2部を1試合見ることができそう。
とかいろいろ計画していたら、火曜から木曜まで台湾出張が入ってしまった。海外関係ってのはなぜかシンクロして仕事が入ってきたり、公私含めてあわただしく複数回海外に行くことになったりしがちなんである。
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March 17, 2005
脇の下あたりにポケットのついたTシャツで、ファスナーがついている。パスポートや貴重品を入れるためのもの。これをジョギングの時に、メインのウェアの下に着て、鍵と小銭を入れておくと非常に便利。専門性のあるグッズを他用途に転用するのは結構楽しいものだ。
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March 01, 2005
密かにファンで、完成を心待ちにし、リンクを貼っていた「黄金鰐印」というサイトが見当たらなくなってしまった。たとえばここを開いても何ともならない。私も行ったチリ南部、チジャンやプエルト・モン付近までの旅行記は、このあたりの旅行記書いてる人が少ないということもあるが、私よりもはるかに中身が深く、文も写真もよかったのに… 検索エンジンで調べてみても、どうも閉鎖されてしまったようである。仕事が忙しかったようなのであるが、ぜひ、月に一章ずつの進行でいいから、続きを読みたいと思っていたのだ。
例えていえば、ときどき立ち寄る謎の美女がいる店が、まだ打ち解けて話す前に、店ごと忽然と消えてしまったような気分である。と「おだてて」おくので、ご本人はもちろん、ご存知の方は、連絡ください!
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February 06, 2005
ともに、ネット掲示板なのか口コミその他なのかよく分らないが、急速に情報が伝わったようで、最近行ったら混雑していた幡ヶ谷の2件の店。一つはずっと休んでいた牛タン「萬月」が営業を再開した。小さい店だが牛タンをはじめ、いろんな創作料理が楽しい店。「ひょっとして閉店?」と気を揉んでいた身としては、嬉しいことである。
もう一つは、世田谷通りに移転することになった麺屋八蔵」。煮干ダシのラーメンや、つけ麺が好物だった。どんな理由があるのだろうか?
店との出会い・再開と別れ、小さな喜びと悲しみ。こんなことを繰り返しながら、街も人も少しずつ変化していく。だから、かつて住んだり通ったりしていた街は、ときどき見ておかないと、憧れの彼女がすっかりババアになってしまったの如く、「思い出が破壊される悲しみ」を味わうことになる。もちろん、こんなのは非常に身勝手な思い出であるのだが、人に迷惑はかけてないから、許容されるものだろう。だから、海外も含めて、そういう街には、ときどき顔を出しておいたほうがいいと思うのだ。
さて、長年住んだ調布に通える時期が近づいている! 試合の前後には、大好きな場所である多摩川の河川敷に行ったり、住んでいたアパートのあたりも徘徊してみるかな? というのが「FC東京カテゴリ」のひとこと。
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