アマラオと私
のっけから小学生の作文のタイトルのようだが、アマラオの東京退団時にはこんな懸賞作文でもやればよかったのにと思ってたのだった。あれからもう4年半。歳取るわけである。
私がアマラオを現場で初めて見たのは98年。当時出会った小中学生たちも立派な大人となり、若者だったのも中年に片足突っ込みつつある。この年、東京ガスは絶好調だったのだが、彼と奥原がケガで離脱すると、全然点が取れなくなり、アウミールのいる大塚製薬、川崎フロンターレ、シジクレイと佐藤由紀彦のいるモンテディオ山形にも負け、サポーターも結構怒っていたのだった。ケガから復帰するも、大熊監督は毎試合彼を後半から投入していた。アマラオは、スタンドのサポーターに、試合前の練習では、「コウハンカラデルヨ、ダイジョブ」とか言って出てきてはシュートを外し、それでも終了間際にはきっちりと得点を重ね、サポーターを熱狂させていた。「アマラオがシュートを外して怒っているヤツは素人」という格言は、降格のないアマチュアチームだったからこそで、この頃生まれたのかもしれない。結局東京はタナボタでJFL優勝を果たしたのである。そのときは、アマラオはいい選手だけれど、ケガばかりしているようだし、このチームがJリーグに上がる前に解雇されてしまうのだろうと思っていたのだった(新條、奥原はJ1ではプレーできなかったし…)。彼はJ2初年度も秋にケガをしたが、ナビスコカップではJ1でも通用することを示し、J1に上がってからのほうがケガが少なくなり、得点のペースも衰えず、「東京旋風」を起こしたのだった。
そんなアマラオの引退試合だったが、それでもどうしても抜けられない用事があったので、スタジアムに着いたのは3時過ぎ。それでも彼の得点には間に合い、泣き笑いのセレモニーも見ることができたので、何とか満足だ。梅山議員もいい味出しています。
さすがにチームやJリーグが絡んでいないだけのことはあって、耳慣れないスポンサーがついているが、今後悪いことが起きないように、我々は皆で彼を守らなければならないのである。
当時の選手も一杯出てきて嬉しかったが、遅れたので見てない人がたくさんいるのが残念。今後も彼らが動けるうちに、あの選手やこの選手にも引退して貰って、今度はアマラオにもゲストで出てきて貰おうか? いや、冗談、冗談…
FC東京10周年記念行事として、オフには東京ガス、初期FC東京のOB試合でもやってくれないかな。CBはサンドロ・小峯・浮氣・本吉あたりで、新條やツゥットなんかも見たいもの。支離滅裂な文を書きつつこんな妄想をする私は、何かから逃避しようとしているのでしょうか?

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