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September 17, 2006

茨木・高槻放浪

 京都戦でがっくり来たあと、阪急電車で茨木市駅に出て、ホテルクレストディオにチェックインするためJR茨木駅まで歩く。20年ほど前、昭和末期から平成にかけて、このあたりに住んでいたのだが、2つの駅が近いのかどうかも忘れていた。当時は車を使って生活していたので、覚えているのは「点と点」でしかないのである。阪急の駅には10分程度で到着。荷物をホテルに置いて身軽になったのだが、今度はバスで阪急茨木市駅へ戻る。総持寺駅まで一駅乗って、かつての通勤経路を戻り始める。途中で脇道に入ったら、ちょっと道に迷ってしまった。フジテックの煙突や関西スーパーや工場が変ってなかったので、思い出すことができたけれど、飲食店はほとんどがなくなっていた。そりゃあ20年もたてば変るよな。当時はなかったセブンイレブンが大阪にあるだけで驚いていてはいけないのだが、100円ショップなんてものもなかったのである。ケータイもなかったから、寒い中を赤電話に走って行ったことも思い出した。結局、喜泉という居酒屋に20年ぶりに行き、牛タンとシシトウ・ナスとビールと酒。何だか安かった。そういえば、アンコウ鍋とか旨かったんだよなあ… よく行っていたカラオケの店はこの横にあったはずなのだが、跡形なく消えていた。もしあんな店があって、当時の姉ちゃんがそのままババアになっていたら笑えたのだろうけれど、カラオケボックスというものも出てきたし、それは無理ってものだ。

 翌日はJR高槻に出て、阪急高槻市まで歩いてみた。茨木よりは駅同士がずっと近いのだった。潰れたスーパー、生き残っているスーパー。記憶も少ないのだが、かなり変っていた。商店街には「ガンバ大阪を応援する」という旗が。当たり前だが20年前にはJリーグすらなかったのであった。大阪には2年半しか住んでいなかったので、深く覚えてないことが多いけれど、街の変化を見るにつけ、ここ数年日本は停滞しているというのは嘘だと思うし、酷く未熟者だった昔を思い出し、自分も少しは成長したのではないかと思ったのである。

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