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November 27, 2005

東京 1-1 川崎 ある意味今年の縮図 (11月26日)

 どうも千葉戦が一つのピークだったような気がする。今野は代表でのライバル、阿部に対して燃えまくり、他の選手も同じ相手に4回も負けられないとして戦ったからだ。そして、馬場・加地が負傷し、藤山も疲れが取れていないような状況で、次の新潟戦では金沢が復帰したが、茂庭も本調子ではない中、何とか1-0で勝った。土肥が絶好調を維持しているので、失点は少ないのであろう。
 さて、ルーカス・馬場を欠き、金沢をサブにおいて加地と藤山をサイドバックに置いた川崎戦。前半は、ササとのコンビネーションを、「手探り」で確かめるために時間を使っただけだったのだろう。そして、何となく守備のマークが中途半端になったところ、相手右サイドから中村のコースを狙ったミドルシュートが見事に決まった。結局前半の東京は、ササが孤立。箕輪・伊藤に前目の寺田を加えた3人に囲まれ、ボールをキープできなかった。
 後半、まずは阿部をササの近く、2トップ気味に前に出して栗澤を真ん中から右に出したが効果なし。栗澤は簡単にボールをさばけず、戸田に交代。梶山は懸命にササを使おうとし、更に攻勢を強めるがシュートにつながらない。ノリオはDF3人を引きずって突破するが、これも最後のところまで行けない。そんな状況の中、味方陣内でボールを奪われるなど、疲れの見える梶山に代えてついに宮沢を投入、更にはクロスが今ひとつでミスもあり、イエロー4枚目で次は出場停止の加地に代えて金沢も。これで更に攻勢。セットプレーも宮沢のキックが正確で、得点の匂いが漂ってくる。
 そして、宮沢のコーナーキックからのこぼれ玉、金沢の長いボールをジャーンがヘッドで受け、最後はササがヘディングで決めて同点に追いつく。その後川崎はほぼ「専守防衛」となり、ときおりジュニーニョを使ったカウンター。ジャーンや藤山はギリギリのところで一発勝負のスライディングタックルやファウルで防ぐ(危なかった)が、茂庭は一人だけ、一対一を「楽しみ」、「エメルソンがいない状況では、日本のFWは物足りない」ぐらいの風格さえ漂わせていた。結局、東京も勝ち越し点は取れなかったが、前半のひどさからすると、勝てなかったことは「いい薬」だったかもしれない。
 さて、加地とササが出場停止だが、馬場とルーカスが復帰するかもしれないので、ヘタをすれば浦和にアシストをしてしまいそうな最終節と、天皇杯を残すだけになってしまったが、来年は新しい監督の元での戦いが見たいと思うのである。昨年のナビスコは言うまでもなく、今年の梶山・馬場の成長、その他原監督の功績は多々あったので、シーズン中の解任ではなく、契約期間満了とともに一つ上を目指して交代ということである。いっぽう、昨日の戦いも含め、選手個々の力の足し算なら上であるのにもかかわらず、勝てない試合がいくつもあったことも否定はできないだろう。逆に、これまでなら「何とかできていた」選手や、若手が入ったときに機能不全を起こすケースもあった。選手の力を集めても1+1が2にしかなっていないという点では、チーム作りという点に問題があり、サンドロと小峯で凌いでいた時代と比べるのもどうかとは思うが、個々の選手の責任ではないと思うのである。また、特に攻撃の際にパスの選択肢が少なく、たとえばノリオ(石川も?)だったら、人をかけてドリブルと左足(石川は右足)だけ注意すればいいというような守り方で、対処されるようになってきた。
 誰がいいのかは分からないが、攻撃の選択肢を広げ、チームとしてもう一つ大きくなるためにも、たとえば外国人の監督を呼ぶとか、優勝争いをするチームを目指すとともに、そのために少し冒険するのも「あり」なのだと思うのである。サテライトの試合や小平を見ないで言うのもダメかもしれないが、出ていない選手の中でも、やりようによってはやれる人材が、まだまだ埋もれているような気もするのである。若手はレンタル等で経験を積ませることも必要だろうけれど…

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November 24, 2005

新潟 0-1 東京 想い出への旅とともに (11月23日)

0511NiI
 前日は昇格を決めた陸上競技場へ。見事に撮影に失敗したけれど、2名がテントを張って寝泊りしたのはこのへんのはずだ。
 その後、越後荒海料理の店志乃田へ。6年前には、チームオフィシャルツアーに参加したのだけれど、確か一泊したのは人もまばらなバス1台だけで、サポーター数人と、ここでチームフロントの某氏も含めて食事したのだったと思う。
 ホテルはそのときとは違って、格安の新潟ステーションホテル。駅から至近で3,780円だった。

0511Mi

 翌日は、まずは阿賀野川舟下りに。昨年、郡山からバスで新潟へ行ったのだが、そのときの阿賀野川の絶景の連続を見て、一度来ようと思っていたのだった。新潟から磐越西線で三川へ。駅前の民家では大根を干していたが、こんな風景がいたるところで見られるのだ。

0511Kaw

 こんな舟で50分ほど。結構揺れるが絶景の連続で楽しい。江戸時代頃は会津の物産がこの川を下って新潟まで運ばれたそうだ。このあたりは山がちなので、陸上での交通は明治以降の話だそうである。温泉もあり、野生の動物も結構いるそうだ。

0511BiS

 さて、試合前のビッグスワン。"I BELIEVE."残留への長き道ってことかな? アウェイだね。そういえばチアガールたちも奮闘していた。チアガールといえば札幌もあるけれど、どうして寒いところほど薄着して頑張るのだろうか?

 試合のことはもう論議し尽くされた感もあるけれど、開場に着いたのがキックオフ45分ぐらい前で、開場の外にいたのだが、「主審イエモト」というのが聞こえ、顔も知らない者同士が目を合わせて薄ら笑い。
 前半のスタートは東京のプレスがはまり、大量点は時間の問題かと思っていたところ、新潟が東京の右サイドから攻撃してきて、ブラジル人トリオでチャンスを作る。決定機は新潟のほうが多かった。後半開始直後も藤山がかわされ、(エジミウソンの)シュートがポストを叩く。
 その後、東京はササを投入し、少しずつ攻勢にまわり(11/27修正)、梶山が目立ってくる。そして、マークが分散したためか、ルーカスも生きてきた。ただ、GKとの一対一を決めきれず、今ひとつ突き抜けるものがない。そこでということだろうか、東京は栗澤に代えて戸田を投入し、更に攻勢に出る。これが功を奏したのだろうか、梶山がペナルティエリアまで持ち込み、DFをかわしてシュートと思いきや、ササにパス。ササがこれを豪快に決めて先制。
 その後も東京が攻めるが、決定機を決めきれず、ササ以外には戸田の一発もあったが、他にいいシュートもなく、終了間際には中途半端な時間稼ぎからボールを奪われ、あわやというシーンになりかけるも、何とか逃げ切って勝利。
 試合後、「ウメッティ」コールに、98~99年は右サイドバックのレギュラーだった梅山が東京ゴール裏に来て挨拶。不覚にも涙が出てしまった。上記の「想い出の地」では、右サイド、梅山→由紀彦→加賀見(反転ゴール)という展開だったのだ。そのポジションをこの試合で藤山がやったというのも面白い。「試合後は皆仲間だ」というのは、プロだったり国を背負ってたりすると半分幻想かもしれないが、少なくとも半分ぐらいは真実なのかもしれないと思うのである。

 追記(11/27)
 試合後、タバコを吸う人とともに喫煙場にいたら、空を飛ぶ白鳥の群れが大量に見えた。これまで新潟では下を向くような試合が多かったので、気がつかなかったのであろう。あれを見ただけでも来た価値があったのかもしれない。

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November 22, 2005

新潟

駅前で地元の女子高生同士の会話がいきなり耳に飛び込んできた。「ババユータとマスシマ、それと加地。でもマスシマは来ないかも。」おそるべし。でも、モニワ、立場なし

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新潟へ

 今日は会社を休んだ。新潟へ一泊で行くためにだ。
 昨年は新潟・東京戦のチケットが売り切れてはいけないと思い、発売初日に買ったら、買った当日例の地震があった。その瞬間は横浜国際にいて、試合直後だった。新潟へは結局郡山からバスで、「行くのがやっと」という状態で、会津若松から先は絶景だったが、試合は新潟再開後初ホームで白星をプレゼントするのを見ただけだった。
 今年は昇格思い出の地、「市陸」等も含め、観光も兼ねて乗り込もうと思っている。

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November 20, 2005

東京 2-1 千葉 今期最高かも

 前半の土肥のスーパーセーブがなければ、全然別の試合になっていただろう。
 後半、あの市原の出足が止まったところ、ルーカスからのボールを今野がゴールライン際からクロス。梶山が決めて先制。両ボランチが攻撃にからんだ。
 しかし、カウンターからハースに決められて1-1。やはり市原は強いと思わされた。その後しばらく停滞したが、栗澤とササを投入し、栗澤の粘り強いキープから阿部が決めて2-1。そのまま逃げ切る。
 茂庭は足が本調子ではないようだったが、その前で今野が獅子奮迅の活躍を見せ、決定機を作らせず。藤山も一つ大きなミスがあったが、それ以外は得意のインターセプトと攻撃参加まで見せた。やれることが整理されて来たのだと思う。これで完全に残留が確定したらしく、あとはササも含めて普段出ていない選手を見たいところ。

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金曜日のできごと

 18:30から飯田橋でイベントがあるので、職場近くの浜町駅に17:40頃に着き、都営新宿線で九段下まで行って乗り換えようと考えていたら、新宿線の菊川・森下間で「線路を犬が走った」とのこと。時間的には多少の余裕があったのだが、構内放送を聴いていても見通しが立ちそうもなかったので、水天宮前駅まで歩く。半蔵門線で九段下に着いたら、今度は2分だけど東西線が遅れ、結局イベントには少し遅れ、余裕を持って出た目的だった事前の軽食もできず。
 ひょんなことで思ったとおり時間が流れないと、イライラしてしまうこともあるのである。「親(飼い主)の顔が見たい!」「この傍若無人めが!」と怒りを覚えていたら、普段から腹の立つ、「歩道自転車族and(夜間無灯and/or携帯使用)」や、「キャスターバッグorDパック、カニ族(何で場所を取るときほど人は中央に寄り、前のスペースを開けるのだろうか!?)」も連想して、二重にイライラしてきた。こういうときこそ、最近買ったi-Pod(結構はまってしまいました。後日)で曲をシャッフルでもさせながら、気持ちを静めないといけないんだろう。
 その後家に帰る途中、ケータイで、東京中華ピンポンダッシュ掲示板にもそんなことが出ていて、やっぱり都内で「小事件」が起きると、東京のファンで同様のことに遭遇している人がいることもあるのだなあと、ちょっと感慨など。まあ、京王線に続いている都営新宿線という事情も大きいが…

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November 13, 2005

鹿島 1-1 東京 「初勝利」おあずけ (11月12日)

 シーズン前に楽しみにしていたことの一つに、磐田・鹿島のアウェイ、リーグ戦での初勝利があったが、おあずけとなった。残念。どちらも交通の便が悪く、温泉もないので、あんまり行きたくないところ、また来年も行かなきゃならないのかと思うと正直言ってぞっとする。

 試合は、ここからというところで茂庭が負傷し、その後は一方的に押し込まれ、土肥が当たっていなかったらやられていたところだった。ササを欠いて流れを変えることができなかったこともあった。そして、浅利の終了間際の美しいダイレクトボレーも実らず。ノリオの左サイド突破は目を引いたが、後半、阿部がややペースダウンして新井場に上がられていたような… 藤山が特に前半は集中力を欠いたような感じ。

 さてさて、茂庭だけでなく、加地、相手の小笠原も負傷していたようだが(馬場は大丈夫?)、すぐ倒れて助けを求める「狼少年」本山は問題がない模様で、腹が立つ。いつかはバチがあたると思うが、日本の代表に選ぶには「品格」がなさすぎると思うのである。これだけは書いておきたかった。
 次は、戸田・金沢が間に合わないとすれば、DFラインには大幅な入替えが必要かもしれない。サブも含めて増嶋・尾亦・前田・迫井・藤田から1,2人が行くのか、今野か浅利を入れて中盤に宮沢・文丈で備えるのか。ホームだし、相手は今年3戦勝っていない千葉だから勝ちたいところだ。
 ところで、サッカーにケガはつきものなんだろうけれど、(1)選手の資質、(2)プレーそのもの(無茶しない)、(3)選手交代(疲れていたら代える)、(4)試合前後の体操、(5)日ごろのトレーニング、(6)食事も含めた生活全体での体質改善 と決定力のないものが並ぶが、これらの組合せが必要なのだろう。現在ケガ人が少なくない状況の原因は、5つめと6つめの問題なんだろうか? 疑問を感ずるのは私だけではあるまい。

 帰りは田舎のマイカーだらけの渋滞で「汽車」に間に合わず、バスに乗って東京に着いたのが9時。メシも食えなかったので、早くアウェイ、リーグ戦初勝利をものにして、行かないで済ましたい場所なのだが、なかなか「そうは問屋が卸さない(死語?)」のであるのかなあ…

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November 10, 2005

「黄門さま」使用差し止め訴訟

 ここによると、9月に提訴され(常陽新聞と朝日新聞に掲載されたのこと)、11月8日に第一回弁論があったようだ。
 デザイナーと代理店その他の契約の問題だと思うが、水戸ホーリーホックのユニフォームは、どうなってしまうのだろうか?


「黄門さま」使用差し止め訴訟
東京新聞 11月09日
<抜粋>
水戸市とデザイン会社
 自らが描いた水戸黄門のキャラクターを水戸市が観光パンフレットなどに無断で使用しているとして、同市のイラストレーター岡喜一さん(51)が水戸市などを相手にキャラクター使用の差し止めと、約千四百五十万円の損害賠償を求めた訴訟の第一回弁論が八日、水戸地裁(松本光一郎裁判長)であった。


岡 喜一さんの紹介ほか
水戸エンジェルス(少年軟式野球チーム)
<抜粋>
 水戸市内などで見かける、水戸黄門のキャラクターを書いたことでも有名です。


2005新ユニフォーム発表! (2/25)
水戸ホーリーホック(ページの右下方を参照)
<抜粋>
 2005シーズン、新たなデザインとなったユニフォーム!この度、右袖にはホームタウンの証として、水戸市の観光シンボルマークである「水戸黄門さま」のキャラクターデザインと水戸市長直筆の「水戸」という毛筆文字とを組み合わせたマークが入ることになりました。


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November 05, 2005

東京 2-0 福岡 天皇杯初戦を乗り切る (11月3日)

 天皇杯といえば、「97年東京ガスベスト4」ということで、ついついこんな記事にリンクを貼ってしまうのだが、FC東京がJ1昇格以後は、甲府・横浜FC・湘南に負け、JFLホンダにPK勝ち、仙台に辛勝となかなか難しいものだ。
 今回も前半は0-0で終わり、圧倒的に攻めつつも、相手右サイドの小柄な大塚の突破は不気味だった。J1の天皇杯初戦というのは、要するに普段のJ1の18チーム9試合よりもJ1のチームがからむ試合数が多いため、J1をあまり担当していない審判が笛を吹く場合があるというものなのだろう。この日の村上伸次主審も、それほどJ1の笛を吹いていないと思うのだが、一部の接触プレーについては疑問もなくはなかったけれど、前半終了間際の藤山のイエローも含めて全般的には問題はなかったと思う。
 さて、前半終了後、浦和がリードされていることを知り、愛媛に無難にいけるのではないかと期待した。いや、もっと肝心なことは、金沢が足を引きずってピッチを後にしたこと。加地がユニホームを着てアップに出てきたので、「これは交代だ」と思ったところ、やはり藤山が右から左に回った。後半、その藤山からノリオに回り、彼のクロスを阿部が決めて先制し、その後、フリークックをノリオが蹴ったら、壁に当たって入ってしまい2-0。さらにササを投入して、「大量点の予感」も漂ったが、むしろ土肥のスーパーセーブがなかったら危ないところ。まあ、加地の迫力あるオーバーラップやシュートも見られたことに満足しよう。
 結局、現状でほぼベストメンバーの東京が、1.5軍らしきJ2の福岡に2-0ということではあったが、まあ、負けなかっただけいいのであろう。
 人生初の愛媛県に行こうと思い、結局浦和も勝ったので試合のチケットだけは押えた。ただ、どうやって行くのかについては迷っている。丸亀のときのように、岡山行き深夜バスでも使うかな? でも帰りはどうしよう。
 さて、ササが代表に招集され、次の鹿島戦には出られない可能性もあるのだけど、いい試合を期待したい。ナビスコの決勝はテレビで見たけれど、第三者的にいうと、どっちも勝たしてあげたいような気になったが、それが「普通のサッカー好きな第三者」なのだと思う。ガンバも東京戦ではどん底だったが、持ち直しつつあるようで、東京が鹿島に勝っても、浦和に負けることもないだろうし、東京はそもそも、そんなことは気にしないでやりたい放題やってもらいたいものである。

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November 02, 2005

祝 EL GOLAZO 一周年 !

 一周年を迎え、朝刊化され、朝は京王(取り扱いあり)、帰りは都営地下鉄(取り扱いなし)の駅から乗るものとしてはうれしい限り。朝刊化の最初の号でフジヤマインタビューというのもちょっと泣かされた。
 この週3回の新聞が出てくれたおかげで、週刊文春・新潮・ポストといったゴミを、どんなに移動距離が長い退屈なときでも、1年間買わないで済むようになったというのは、私の人生にとっても画期的なことだったと思うのである。がんばれ、"EL GOLAZO" くたばれ、ゴミ週刊誌!

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