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February 27, 2005

東京0-1川崎 栗澤に期待か…

 小平にはしばらく行っていないので、練習も含めて今年の初観戦であった。メンバー的にはほぼ開幕を想定したものだろう。CBの茂庭はサブで、スタメンには藤山が入った。あとは昨年の標準的なメンバーと比較すれば、文丈→栗澤、ケリー→ダニーロという感じだろう。サブの阿部→近藤(祐)がうまく行くかというのも課題かもしれない。
 最初は東京がプレスをかけ、いい位置でボールを奪い、今野や栗澤からダニーロや石川にボールが出る。ダニーロはワンツーによる中央突破を図り、新機軸と思わせるが、シュートまで行けない。しかも疲れのピークのためかもしれないが、20分以降は消えてしまった。栗澤はボールによくからみ、背が低いのにヘディングするケースも多く、攻守のバランスを取りながらシュートも撃って孤軍奮闘。試合をコントロールすることもできそうだ。というよりも、彼に頼らなければ、緩急をつけたり、逆サイドに展開したりすることはできなさそうだ。今野のボール奪取能力は相変わらずだが、その次の展開がダメ。
 てな感じの中、ジュニーニョに決められると、その後は双方とも見所なく、90分を経過。文丈と近藤(祐)は出てきたものの、期待していた藤田・宮沢・浅利に出番がなく、サイドチェンジは最後までほとんどなかった。最後のほうは今野・文丈・栗澤が、ボランチ1枚、トップ下2枚というよりも、ボランチ3枚という感じになっていて、それはそれで逃げ切りの時にはありうるのかもしれないと思ったが…

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February 19, 2005

図書館からの帰り道

 予約していた本が入ったという連絡メールが入ったので、久しぶりに図書館に行ってきた。ぶらっと見ると、他にも読みたい本が見つかり、合計3冊の本を借りて帰る。ここ十数年で、図書館は蔵書目録のコンピューター化とネットワーク化で、ずいぶんと便利になった()。ネット検索と図書館とが、知りたいことを知らしめてくれる上で果たしてくれる役割は大きい。
 さて、図書館は出版業にとって最大の脅威であり、著作権法で貸本屋と同様までとは行かなくても、ある程度規制すべきだという意見もあるようだが、少なくとも著作権法が、構造不況業種を直接的に保護する産業法ではないことだけは、「著作者の権利」とあるとはいえ、1条を見るだけで明らかである。まあ、「文化を産み出す著作者を助けるためには出版社も」とか、「これで売上・利益がいくら落ちた」とか、いろんなことがあり、私にも認識不足があるとは思うが、少なくとも小学生の頃、毎日のように学校の図書館で小説を借りていた身としては、感覚的なものとして、「図書館規制論」には賛同できないものがある。また、ダメな大学生だった私にはあまり実感がないが、卒論を書くときだって、大量の書籍を読んだ人ならそうだろう。また、中身がいい(単に私が読みたい)ものでも、市場戦略に失敗したような本の数々は、図書館やネットも含めた古書店でしか手に取ることができない。(これもネットによって飛躍的に便利になった。)。今後技術やネットワークの進歩によって解決できる部分もたくさんあると思っているが、たとえば絶版本の複製権なんてのは、著作権切れのものと同様にまでしろとは言わないが、もう少し柔軟に考えられないものかとも思うのである。著作者には利益を還流させてもいいけれど、絶版させた出版社の取り分は要らないと思うのだ。もちろん著作権は譲渡ができますけどね。
 とはいえ、私個人はたとえば自分の「土俵」である知財やサッカーの分野で、図書館で本を借りることは「試し」以外にはほとんどないし、旅についても、行く前に大量に借りることはあっても、最終的には行くところのガイドブックは買うのが普通だ。また、ベストセラーなんてめったに読まないし、ましてや発売時に図書館に予約するなんてこともしたことがない。一般論として、結構そういう利用のされ方も多く、図書館にベストセラーの冊数が多すぎるというのは正しいかもしれない。結局のところ、著作権には「哲学」が要るのだが、まだ未確立、しかもそれは日本だけのことではないのだろう。
 もっとも、仮に広いところに住んでいて、もっとお金もあれば、何も考えずに何とか全集とかを全部買って並べて、悦びに浸っているのかもしれない。かなり収集癖のあるほうでもあるので…

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February 14, 2005

名古屋にて

今晩は名古屋に泊まり。テレビを見ていると安英学の入団会見が何度も。全国的にもそうなんだろうか?

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February 13, 2005

「TO*SCA」と書いて「東すか」と読め

 昨日は、新宿で"TO*SCA"の「偏執」会議があった。今年もやります!
 ところが、その場で、執筆者のはしくれとしては本当に恥ずかしい誤りに気がついたのだった。私のサイトの中では、いつの日からか、"TO*SCA"が"TO*SKA"になっている! 多少の事情もあるのだが、こういう間違いは最悪である。
 さて、シーズンになり、メインの執筆者たちであるこの人この人たちのサイトやBlogの更新が滞ったときは、仕事が忙しくなっているときも、たまにはあるかもしれないが、実は"TO*SCA"の原稿締め切りに追われているときが大半なのである。春は近い。

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February 12, 2005

楽しい飲み食いのために

 昨日は今年2回目のフットサル。1点だけ、それも緊張感ない中での「ごっつあんゴール」を決めたが、なぜか、ディフェンスに戻ることはできてもチャンスに突っ込むことができない体力(精神的なもの?)の身としては、どんな状況でも、ゴールは嬉しいものである。
 一昨日には人間ドックの結果が来た。これまではコレステロールと中性脂肪まわりに問題を抱えていたが、洞性徐脈ということ以外は問題がなくなり、とりあえずはホッとした。ドックを受けて15年近くになってきたが、30代前半に近いような状態に戻ってきたので、無邪気に喜んでいるのである。特に骨折以来、運動量が落ちたせいか、中性脂肪が高かったので、これでようやく骨折に「落とし前」をつけたような気もする。運動との関係でタバコを止めたこと、フットサルとジョギング、少し肉を減らした食生活の変化によるものだと思う。タバコをやめるのに使った「ニコレット」や、フットサルの仲間や、家の「ボス」にも感謝しなければならないかもしれない。
 いずれにしろ、規則的に禁酒したり、脂っこいものはときどきにしたり、運動したりしながら、できれば薬等を使わずに、あまり制約のない楽しい飲み食いが続けられるようにしたいものである。サッカーやフットサルはあと何年やれるか分らないが、そもそもあんなに辛い運動をする目的は、ただひたすらに、冷たいビールのためなのであり、たぶん健康のためではないのだろう。(だから、フットサル場に車でやってくる人の気が知れないと思うことすらある)

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February 10, 2005

「スイッチ」が入ってしまった!

 早く家に帰り、ジョギングまでしてシャワーを浴び、缶ビールを開けながら両国国歌を聴きつつ、キックオフを待つ。
先制したときには楽勝だと思ったが(予想3-0)、徐々に北朝鮮が押し返してくる。日本は中盤が緩く、FWの守備も効いていない感じがする。よく考えてみると、シリア戦のときも同様によくなかったのだ。おまけに、玉田はこのサウジアラビアの審判と相性がよくない。
 で、後半になっても流れは変わらず、中盤でボールを失う機会が増え、テレビに向かって、「バカバカ!」とか叫んでしまう。その後、ついに失点。慌てて中村・高原を投入し、流れはよくなるものの、シュートが決まらない。実のところ、最後まで諦めないという気持ちが、引き分けかもしれないという気持ちに負けはじめたロスタイム。最後の交代枠だった大黒が決めたが、このときも、テレビに向かって叫んでしまった。よく考えると、Jの試合でロスタイムに点が入るというのは、そんなに珍しいことではないんだよな。選手たちも、そのことは体で分っているのだろう。
 93年のドーハの時、そして97年のウズベキスタン・カザフスタンでのアウェイやその後の記憶が蘇り、「代表モード」の「スイッチ」が入ってしまったようだが、今回は長い予選だから、体が持たないかもしれない。とか何とかいいながら、未だに生で最終予選を見たことはないのだが…
 そんなことはともかくとして、この2カ国のホームアンドアウェイ試合が成立してしまうサッカーというのは、凄いスポーツなのだろう。そもそも日本は国と認めていない地域と試合をしているのだから。

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February 08, 2005

立春(冬至と春分の間)

 2月4日が立春だそうで、朝、新聞を取りに行ったときに真っ暗ではなくなり、徐々に昼間が長くなってきたことを実感する。少しずつ希望が見えてくるような… 冬はカゼも引くので嫌いな季節だが、もう少しの辛抱になってきた。「冬来たりなば、春遠からじ」といえるほど、人間ができていないが、ここまでくれば、もう少しだ。

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February 06, 2005

2件の満員体験

 ともに、ネット掲示板なのか口コミその他なのかよく分らないが、急速に情報が伝わったようで、最近行ったら混雑していた幡ヶ谷の2件の店。一つはずっと休んでいた牛タン「萬月」が営業を再開した。小さい店だが牛タンをはじめ、いろんな創作料理が楽しい店。「ひょっとして閉店?」と気を揉んでいた身としては、嬉しいことである。
 もう一つは、世田谷通りに移転することになった麺屋八蔵」。煮干ダシのラーメンや、つけ麺が好物だった。どんな理由があるのだろうか?
 店との出会い・再開と別れ、小さな喜びと悲しみ。こんなことを繰り返しながら、街も人も少しずつ変化していく。だから、かつて住んだり通ったりしていた街は、ときどき見ておかないと、憧れの彼女がすっかりババアになってしまったの如く、「思い出が破壊される悲しみ」を味わうことになる。もちろん、こんなのは非常に身勝手な思い出であるのだが、人に迷惑はかけてないから、許容されるものだろう。だから、海外も含めて、そういう街には、ときどき顔を出しておいたほうがいいと思うのだ。
 さて、長年住んだ調布に通える時期が近づいている! 試合の前後には、大好きな場所である多摩川の河川敷に行ったり、住んでいたアパートのあたりも徘徊してみるかな? というのが「FC東京カテゴリ」のひとこと。

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February 05, 2005

Sad Cafeとポール・ヤング(Paul Young)

 ポール・ヤングというと,、有名なほうと無名な人とがいるのだが、無名なほうが"Sad cafe"や"Mike+Mechanics"のボーカルだった人(ヒット曲、"All I Need IS A Miracle"のボーカル)である。実をいうと今日の今日まで、2000年に彼が死んだということは知らなかった。合掌。詳しい情報がここに出ていたので、よろしければ…
 70年代も終わりに差しかかるころ、"Fanx Ta'ra(哀しき酒場の歌)"をFMで聴いてぶっ飛び、当時高校生の僕は、ジャケットのお姉さんにもそそられたのだった。それから"Misplaced Ideals(殺怒珈琲)"は後から手に入れたが、世間では、こっちのほうが気味の悪いジャケットが話題となった。そして、"Facades(虚飾の扉)"を買ったのが79年、浪人のときだった。ここからは英国ではシングルヒットが結構生まれた。
 その後、"Sad cafe(La-Di-Da)"と"Ole(オーレ)"の2枚も買い、Popな傑作だと思ったのだがあまり売れなかったようだ。このグループでは、10ccにも参加したVic Emersonのシンセサイザーやピアノの一瞬の色っぽさや、意地でもオールドスタイルを押し通すかの如きAshley Mulfordのギターが、意外にも新し目の曲に妙に「はまる感覚」が好きだった。そして、"Ole"から参加したDes TongのフレットレスベースもなかなかPopな感じがして、これはそろそろブレイクするぞと思っていたが、いつの間にかグループは2人組になってしまったのだった。最も好きな曲は"Ole"中の"Misunderstanding"かな? マンチェスターのバンドなんだけど、ご当地行ったら土産物でもあるのだろうか?(ないだろうな)

 音楽についてはすっかり隠居のような状態だが、手ごろな情報メディアを確立して、新しいもの、古いものにもチャレンジしていきたいものだ。たぶん当時は渋谷陽一の「ヤングジョッキー」で知ったんだろうな。
 さてはて。"Cafe"とか"Ole"の"e"にはアクセント記号が要るんだけど、ここで表現するのは無理なのかもしれない。

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February 02, 2005

日本3-0シリア

 「快勝」とか言っているスポーツ新聞だらけだが、内容はよくなかった。こらこら、日刊報知スポニチサンスポトーチューデイリー! そんなことよりも、来週から8年ぶりの「最終予選モード」になれるのが嬉しい。試合のある晩には、皆が残業しないで家に帰り、街に人が全然出ていないでひっそりというのを、見てみたいような気もする(発想がちょっと危なすぎかな)。

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