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January 15, 2005

とてつもなく痛かった話

 あれから9年たった。1月の、成人の日(1/15)がらみ3連休の初日の土曜ということしか覚えていなかったので、ここで日にちを調べたら、1月13日だということが分ったが、1996年のこと。
 我々は3-0でリードされていた。攻撃陣も押えられ、後半も半ばで敗色濃厚。相手は控えを出してきている。ダメDF的には、多少諦めも入りつつ、これ以上取られたら終わりという気もあった。そんなときに、相手の小太りなFWにボールが渡り、彼がシュートモーションに入った。やば! 慌てた私がつま先でボールに先に触れた(クリア!)と思った瞬間、彼の思い切り振り回した足は私の左すねを直撃。
 「いたっ」私は倒れた。むこうずね(前面)にある大きいほうのを脛骨(けいこつ)というのだそうで(こんな図面でいいかな?)、ここは頑丈だというが、これまで経験したことのない痛み。我がチームにはメンバーの余裕はないけれど、この痛み、もう試合には戻れないかもしれない。でも、「くそ」とか言いながら立ち上がろうとした。そのときだ。左足には、ヒザ以外に、もう一つ曲がるところがあったのだ。すねの真ん中あたりが曲がったのである。私の体は、そのまま再び崩れた。たぶんこのときなのだと思うが、頚骨は真っ二つ、すねのもう1本の骨、腓骨(ひこつ)も折れてしまったらしい。さっきも痛かったけれど、今度の痛みはとてつもなかった。骨という「邪魔者」がなくなったので、下腿の複数の筋肉が、足を好き勝手な方向に引っ張り合い始めたのである。下腿は訳の分らぬ方向にひん曲がろうとしていた。
 最初に転んだときには「いててて、タバコをくれ。」とかジョークをいう余裕もあったのだが、このとき到着したタバコは、もう吸うどころではなかった(タバコをやめてもうじき3年)。自ら「いてててて、救急車を呼んでくれー!」と言うのが精一杯。あとで聞いた話では、足を蹴られたときに独特の音がしたそうで、間違いなく骨折、立ち上がるなどもってのほかだったようだ。
 救急車でグランド近くの船橋整形外科というところに担ぎ込まれた(正直言って、全く個人的にだが、スポーツ選手でも何でもない「凡人」には、ここはあまり合わなかったようである。まあ、私と藪(仮称)医師等との相性だけの問題かもしれない)。ソックスを切り取り、靴は脱いだのかどうか忘れたが、パンツも脱がされ、風呂場で体を洗われる。このときも引き続き、気が狂うほど痛かった。
 そしてベッドに。折れた左足を上から吊るしておもりで引っ張られて2泊。3連休中は手術をしないそうだ。この点は仕方ないと割り切り、座薬と痛み止めか何かで耐える。この間の痛みは気が狂うほどのものではなかった。しびんと、ちりとりみたいな採便器を与えられるが、便秘してしまった。その影響で、手術の前に浣腸されたときには、「容量オーバー」して、看護師さんには大いに迷惑をかけた。
 手術の日は親が来て、麻酔注射をされた後で、厨房のようなところに転がされる。激痛はそのときが最後で、その後は意識がなかった。気がついたら再びベッドにいて、今度は足を吊るされてはなかったのだった。
 そんな訳で、フットサルのときでも、未だにすねあてをしているけれど、そんな私だから皆さん、削らないでね。頼む!(続く)


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