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January 23, 2005

続:とてつもなく痛かった話

 昨日は、また1か月ぶりでフットサルをやり、もうフットサルまで「晩年」と感じたが、ケガだけはしないで、残された「余生」を楽しみたいものである。でも、昨日も得点0だったなあ…

 という訳で、15日に書いたのの続き。今回は特に痛い話はないのでご安心を。
 手術後、目が覚めたのは真夜中。尿意を覚え、麻酔の影響で判断力がおかしいのか、立ち上がってベッドの枠を松葉杖代わりにしてトイレに行こうとした。だが、縛られていたのか、ベッドから離れることができない。実は尿意があったのは、男性器にチューブのようなものをつけられていたからだった。立ち上がろうとしたときに肩の点滴を外してしまったことに気がつかず、布団が水びたしとなり、翌朝怒られる。
 松葉杖をレンタルされ、リハビリも始まり、3キロの重りを着けての膝の曲げ伸ばしなど。驚いたのは、骨折から手術後までのわずか数日間で、左足の腿が驚くほど細くなってしまったこと。入院中は、電話、クロスワードパズルの雑誌(時間つぶし)と鼻毛切り、耳掻きの差し入れが嬉しかった。入院は2週間だったが、この間に横山やすしが死去し、「私生活、それも事実で笑いを取り続ける人間は、最期がシャレにならないほど悲しい」という点で、他人事とは思えなかったのだった。それと、オリンピック代表候補の小倉が大怪我をしたのだった。
 退院後、会社には実家(23区内だが、通勤には調布よりやや不便)から松葉杖で、遠回りだが少しは安全そうな経路で通勤。「定時より早く来れば混雑もない」とは言われたけれど、余計に通勤時間がかかる上に、更に早く起床するのも大変なので、フレックスはないのだが、逆に毎日1時間ほど遅刻しながら会社に通い、週に1回だけ診察やリハビリに。ただ、病院は私には不便な場所だし、「合わない」という感じもあったので転院を決意。近いうちに実家から調布に戻ることにして、調布の病院に行ってみた。行ったのは、普通の総合病院で、大したリハビリ施設もなかったけれど、とりあえず担当医師が話をよく聞いてくれたのでホッとした。翌週に東船橋まで行って、医師に転院を告げ、レントゲン写真などを転送させる。
 ゴールデンウイークに、まずは実家から調布のアパートに戻ることにした。7月の末頃になり、「トレードマーク」ともなった松葉杖なしで歩けといわれ、不安ながらも歩行を開始。骨は、レントゲンではよく写らない内側からくっつき始めたようで、最初は衰えた筋肉との関係で違和感もあったが、日に日に普通に歩けるようになってきた。それから急速にレントゲン写真が「改善」し始めた。そして、翌年の正月明け、骨を固定していた金属を外す手術を受け、調布の病院に数日入院。その後もしばらくは、ときどき病院に行って傷口の消毒。3月には、税務署に医療費の確定申告に。4,5月には海外旅行にも行ったのだが、結局、サッカーに復帰したのは、1年半以上も後のその年の秋だった。しかし、プレーに衰えも感じ、捻挫もしたので、その後2年ぐらいで「11人」からは足を洗ったのだった。チームの活動休止という要素もあったが… 
 この骨折を通じて、特に同期・後輩の世話になった。読んでないと思うけれど、ありがと!

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