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January 30, 2005

祝(呪?)川崎

Kawas
 このTシャツ見ると、うっかり「川崎U」と言いたくなりますよね。すみません。01年に等々力で、つい買ってしまいました。対戦するのは5年ぶりなんですね。

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January 29, 2005

クマ監督

 仕事関係、職場のこと、自分の将来のことを考えて、少し堂々めぐりをしているのだが、実はこういう人の仕事っぷりが、いちばんプロフェッショナルなのではないかと思い、少し冷静に戻る。
 その人は大熊監督である。今や試合中のあの大声は「全国区」となり、「我々だけの秘密の楽しみ」を奪われてしまったような寂しさもあるが、いろんな人に教えたくなるものでもある。
 監督になったのは、ここによれば30歳のときであり、「若きリーダー」として抜擢されたといえるのかもしれない。東京ガス、FC東京の勝負強さは、この人によるところが大きいといえるだろう。サラリーマンの雑誌や労働雑誌でも紹介されたこともあったが、置かれた環境の中で最善を尽くし、外から見ても納得できる結果を出し続けてきたことはすばらしく、真の「プロ」といえると思う。なかなかやれそうでやれないこともあるのだから…
 退任したときには、多少「ネタ切れ」、限界といった感もあった。その後、日本代表ユースの監督に就任し、選手はいろんなことを言っているけれども、監督自身は一まわり大きくなり、「育てながら」勝つことも覚えてきたような感じがする。
 彼の成長には、東京ガスという日本的かつ半官的な会社の人材育成のポリシーも影響していると思う。日本的な長期雇用・人材育成の発想は、FC東京にも引き継がれていると思うのだが、意外に捨てたものではない点もあるのかもしれないと思ったのであった。日本的に半官的が加わると、「ダメの代表」のように思われてしまう表現だが、「電気との競争」という点では厳しいから、国鉄とは違うのかもしれない。そして、長い契約とはいえ、会社にとっても個人にとっても、少しずつでいいから進歩をするという目標が必要なのであろう。個人にとっては、目標がはっきりしており、環境と自分の力を考えたときに、その目標に対して容易とは思えなくても、やりようによっては可能だという納得感があることが必要なんだろう。この納得感というのが最大のクセモノだと思うのだが、これさえあれば、うまく行くことが多いのだろう。逆にいえば、失敗の大半は、実行段階ではなく目標のところで運命づけられているのである。

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January 27, 2005

NHK

 一連の事実関係は、何だかよく分らないけれど、受信料を払わないのを肯定するかの報道の数々は嫌なものだ。
 確かに会長は、態度がでかくて見ていて不愉快になるタイプかもしれない。まあ、辞任したので皆払うのかと思いきや、顧問だ、退職金だといって払わない人が多いんだろうね。
 実は私も、あまり偉そうなことはいえないかも。かつてあまりのボロアパートに住んでいて、集金が来なかったり、BSに入ったばかりのときは、しばらくアンテナに洗濯物をかけて隠していたりしたこともある。ある日突風が吹いて洗濯物が飛ばされたときに、集金の人が来てばれてしまった。10年以上も前の話だけれど…

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January 24, 2005

人間ドック

 明日は人間ドックだから、昨日、今日と禁酒。でも、暮れからカゼを引いたこともあり、体重を目標まで減らせなかった。ここ数年、コレステロールと中性脂肪が高いのだが、この1年は走ったり、サルもやったから、少しは改善されるだろうか? そろそろ「オプション」から、何かを選ぶべき年齢なのかもしれない。で、終わったら、バリウム腹に残ったままだけど、夜は飲み放題に行くのだ。

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January 23, 2005

続:とてつもなく痛かった話

 昨日は、また1か月ぶりでフットサルをやり、もうフットサルまで「晩年」と感じたが、ケガだけはしないで、残された「余生」を楽しみたいものである。でも、昨日も得点0だったなあ…

 という訳で、15日に書いたのの続き。今回は特に痛い話はないのでご安心を。
 手術後、目が覚めたのは真夜中。尿意を覚え、麻酔の影響で判断力がおかしいのか、立ち上がってベッドの枠を松葉杖代わりにしてトイレに行こうとした。だが、縛られていたのか、ベッドから離れることができない。実は尿意があったのは、男性器にチューブのようなものをつけられていたからだった。立ち上がろうとしたときに肩の点滴を外してしまったことに気がつかず、布団が水びたしとなり、翌朝怒られる。
 松葉杖をレンタルされ、リハビリも始まり、3キロの重りを着けての膝の曲げ伸ばしなど。驚いたのは、骨折から手術後までのわずか数日間で、左足の腿が驚くほど細くなってしまったこと。入院中は、電話、クロスワードパズルの雑誌(時間つぶし)と鼻毛切り、耳掻きの差し入れが嬉しかった。入院は2週間だったが、この間に横山やすしが死去し、「私生活、それも事実で笑いを取り続ける人間は、最期がシャレにならないほど悲しい」という点で、他人事とは思えなかったのだった。それと、オリンピック代表候補の小倉が大怪我をしたのだった。
 退院後、会社には実家(23区内だが、通勤には調布よりやや不便)から松葉杖で、遠回りだが少しは安全そうな経路で通勤。「定時より早く来れば混雑もない」とは言われたけれど、余計に通勤時間がかかる上に、更に早く起床するのも大変なので、フレックスはないのだが、逆に毎日1時間ほど遅刻しながら会社に通い、週に1回だけ診察やリハビリに。ただ、病院は私には不便な場所だし、「合わない」という感じもあったので転院を決意。近いうちに実家から調布に戻ることにして、調布の病院に行ってみた。行ったのは、普通の総合病院で、大したリハビリ施設もなかったけれど、とりあえず担当医師が話をよく聞いてくれたのでホッとした。翌週に東船橋まで行って、医師に転院を告げ、レントゲン写真などを転送させる。
 ゴールデンウイークに、まずは実家から調布のアパートに戻ることにした。7月の末頃になり、「トレードマーク」ともなった松葉杖なしで歩けといわれ、不安ながらも歩行を開始。骨は、レントゲンではよく写らない内側からくっつき始めたようで、最初は衰えた筋肉との関係で違和感もあったが、日に日に普通に歩けるようになってきた。それから急速にレントゲン写真が「改善」し始めた。そして、翌年の正月明け、骨を固定していた金属を外す手術を受け、調布の病院に数日入院。その後もしばらくは、ときどき病院に行って傷口の消毒。3月には、税務署に医療費の確定申告に。4,5月には海外旅行にも行ったのだが、結局、サッカーに復帰したのは、1年半以上も後のその年の秋だった。しかし、プレーに衰えも感じ、捻挫もしたので、その後2年ぐらいで「11人」からは足を洗ったのだった。チームの活動休止という要素もあったが… 
 この骨折を通じて、特に同期・後輩の世話になった。読んでないと思うけれど、ありがと!

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January 22, 2005

「ビエリ近藤」に期待

 結果としては私の背番号予想はかなり外れ、こんな新体制となった訳だが、特殊指定だった栗澤を除けば、一人だけ背番号を「ビエリ」に換えた近藤祐介には、拍手を送りたいものである。阿部のレンタル移籍によって、今後毎試合サブに入るという可能性があると思うが、恵まれた体躯を活かしたプレーに大いに期待したい。昨年も国立アウェイのヴェルディ戦での「幻のゴール」が印象に残っている。間違いなく今年の最大のキーマンの一人だと思う。
 とはいえ、FW1名を「募集中」であることが、"11"が空いていることになって、明らかになったといえるのだろう。かつてもそうだったが、「ワントップの控えの準備」というのは、不可能に近いことなのだと思う。それが務まるぐらいの人材なら、とっくに他のチームで試合に出ているだろうから。ということで、実は、トライアウトで探したのではないかと思っているのだが…
 と思っていたんだけど、今日のトーチュー読んだらどうも違うみたいだね。


 out         in
 4 呉       藤田
11 阿部      Mr.X
19 ケリー     ダニーロ
25 (近藤(祐)) 迫井
27 李       (栗澤) 
28 大谷     鈴木健
30 松本     尾亦 
32 (徳永)    (近藤(祐))
33 (栗澤)

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January 20, 2005

架空請求

 いきなり、私のケータイに100%いわれのないカネを請求してきたので、番号を晒しておきます。
皆様も、この番号からかかってきても慌てないように。
090-7805-1403

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January 19, 2005

エンジンかからず

 正月気分が抜けない。というよりも、カゼがようやく治ったばかりで、新年会もこれからだし、週5日出勤は今週が始めてなので、今週は非常に長く感じるという表現のほうが、適切かもしれない。ということで、来週は火曜に休んで人間ドックでまた一息。社外の研究会が休会だということもあり、気分転換も兼ねて歯医者にも行くし、やっぱり1月は「医療月」だ。
 かつては土曜の朝に起きたときに、「今日は休める」ということが「幸せ」だったことがあった。今は土曜は休みが当たり前で、休みだからといって幸せを感じることはないが、結構忙しい一日となるのが常だ。時間をかければいい仕事になるということは決してないが、時間は有限のものなのだから、他人の時間を粗末にするようなことだけは、厳に慎まなければならないと思っている。(皮肉っぽい表現かな?)

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January 17, 2005

小峯とアマラオ

 とりあえず、今年も見られるというだけで嬉しい。ユキヒコも追加しておくか?

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January 16, 2005

新体制

 「これまでのまとめ」はこんな感じ。FWを一人取るとすると、あと一人ぐらい移籍かレンタルで出さないといけないのではないか? まあ、練習開始時には明らかになるだろう。なお、inについては順不同(背番号の予想)。

 out      in
 4 呉     迫井
11 阿部    ダニーロ
19 ケリー   (栗沢)
27 李     藤田
28 大谷    鈴木健
30 松本    尾亦 
(33 栗沢)

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January 15, 2005

とてつもなく痛かった話

 あれから9年たった。1月の、成人の日(1/15)がらみ3連休の初日の土曜ということしか覚えていなかったので、ここで日にちを調べたら、1月13日だということが分ったが、1996年のこと。
 我々は3-0でリードされていた。攻撃陣も押えられ、後半も半ばで敗色濃厚。相手は控えを出してきている。ダメDF的には、多少諦めも入りつつ、これ以上取られたら終わりという気もあった。そんなときに、相手の小太りなFWにボールが渡り、彼がシュートモーションに入った。やば! 慌てた私がつま先でボールに先に触れた(クリア!)と思った瞬間、彼の思い切り振り回した足は私の左すねを直撃。
 「いたっ」私は倒れた。むこうずね(前面)にある大きいほうのを脛骨(けいこつ)というのだそうで(こんな図面でいいかな?)、ここは頑丈だというが、これまで経験したことのない痛み。我がチームにはメンバーの余裕はないけれど、この痛み、もう試合には戻れないかもしれない。でも、「くそ」とか言いながら立ち上がろうとした。そのときだ。左足には、ヒザ以外に、もう一つ曲がるところがあったのだ。すねの真ん中あたりが曲がったのである。私の体は、そのまま再び崩れた。たぶんこのときなのだと思うが、頚骨は真っ二つ、すねのもう1本の骨、腓骨(ひこつ)も折れてしまったらしい。さっきも痛かったけれど、今度の痛みはとてつもなかった。骨という「邪魔者」がなくなったので、下腿の複数の筋肉が、足を好き勝手な方向に引っ張り合い始めたのである。下腿は訳の分らぬ方向にひん曲がろうとしていた。
 最初に転んだときには「いててて、タバコをくれ。」とかジョークをいう余裕もあったのだが、このとき到着したタバコは、もう吸うどころではなかった(タバコをやめてもうじき3年)。自ら「いてててて、救急車を呼んでくれー!」と言うのが精一杯。あとで聞いた話では、足を蹴られたときに独特の音がしたそうで、間違いなく骨折、立ち上がるなどもってのほかだったようだ。
 救急車でグランド近くの船橋整形外科というところに担ぎ込まれた(正直言って、全く個人的にだが、スポーツ選手でも何でもない「凡人」には、ここはあまり合わなかったようである。まあ、私と藪(仮称)医師等との相性だけの問題かもしれない)。ソックスを切り取り、靴は脱いだのかどうか忘れたが、パンツも脱がされ、風呂場で体を洗われる。このときも引き続き、気が狂うほど痛かった。
 そしてベッドに。折れた左足を上から吊るしておもりで引っ張られて2泊。3連休中は手術をしないそうだ。この点は仕方ないと割り切り、座薬と痛み止めか何かで耐える。この間の痛みは気が狂うほどのものではなかった。しびんと、ちりとりみたいな採便器を与えられるが、便秘してしまった。その影響で、手術の前に浣腸されたときには、「容量オーバー」して、看護師さんには大いに迷惑をかけた。
 手術の日は親が来て、麻酔注射をされた後で、厨房のようなところに転がされる。激痛はそのときが最後で、その後は意識がなかった。気がついたら再びベッドにいて、今度は足を吊るされてはなかったのだった。
 そんな訳で、フットサルのときでも、未だにすねあてをしているけれど、そんな私だから皆さん、削らないでね。頼む!(続く)


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January 13, 2005

青色LED事件

 いろんなコメントが出ていると思うが、東京高裁としては、両当事者の他の案件も含めて全部解決しようとして、全ての特許権等について決着させるために和解を勧告したようだ。なるほど。で、社会的な関心も高いから、内容はオープンにしたようだ。

 和解についての当裁判所の考え
 和解条項

 以上、日亜化学のサイトより。

 マスコミ報道によれば、8億払っても「勝ち」のようだ。凄い会社だ。

 原告の代理人も「勝ち」をアピール。

 双方が「勝った」という中で、不満なのは中村教授。200億というのは、凡人にとっては私怨としか思えないのだが、きっとそうでもないのだろう。まあ、仮にtotoで1億当たったら失神しそうな人間にはわからないことなのかもしれない。で、これまでのところ沈黙を保っているのが、額を1/100に「値切った」被告の二審の代理人。実は彼らが一番株価を上げる人たちなのかもしれない。
 
 いっぽう、原審の被告代理人と裁判官については「以下略」。
 文書によるコミュニケーションが中心だと思うが、その難しさということなのだと思う。

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January 12, 2005

ナビスコ杯奪取

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 優勝ポスターが幡ヶ谷の駅に貼ってあったのをケータイで撮ったことを忘れていた。でも、人目をはばかって「へっぴり腰」で少し遠目から取ったせいで、これじゃ何だか分らないな。これが幡ヶ谷駅でもあったんだという事実が大事かな?

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January 11, 2005

トライアウト

 J'sGoalのインタビューを見た(聞いた)が、泣けた。全員が似た回答になったが、「やらせ」ではなく、プロサッカー選手なら当然という感じがする。
 Jリーグ選手協会のサイトには、第一回分も含めて、選手一覧・写真と一部の監督のインタビューがあるんだね。

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January 08, 2005

物持ち

 暮れにダウンジャケットを買い換えた。前のは、何と80~81年の冬に買ったSierra Designsのだった。23シーズン使ったことになる。ときどき袖口から少し羽毛が出てきたり、外付けのポケットが外れかけたりしていたが、実用には支障がなかったので、着続けていた。20代・30代を共に過ごしたものが、姿を消したことになる。モノに対して感傷的な表現はしたくないが、「ご苦労様」と言いたくなる気持ちはある。ヘンに物持ちが良すぎるだけなのかも。そういえば、昨年は12年着用したオーバーを買い換えたのだった。
 今度買ったのは、North Faceのありきたりのやつだが、仮にこれを23年着たとすると、私は何と60代の後半まで、毎冬この服を着て過ごすことになる。ううむ。60代の自分がこれを着ている姿は想像できないが、学生のときと違ってこういう服を着るのは休日に限られるため、使用頻度は低くなるし、激しい動きも減るだろうから、前のものと同等以上に長持ちしそうでもあり、これが「中年を共に過ごす服」になる可能性はじゅうぶんにある。
 さて、一般論としても、青春時代を共に過ごしたオーディオとか車とかアウトドアグッズとか、人によっていろいろな愛着のある品があるのだと思う。ただ、趣味や生活を充実させるためには、陳腐になったモノを引きずるのもつまらないのだろう。来るべきそれらとの「別れ」を「円満」なものにするためには、そういうモノを愛用する自分の写真でも撮っておけば、そのモノへの「供養」ともなり、ことが円滑に進み、新たな楽しい出会いも増えるのかもしれない。あとは財布との相談だ。
 スーツやコート、特に冬物は5年ぐらいが「耐用年数」であり、毎年少しずつ買い換えて行くというのが「固定資産管理」の手法なんだろうけれど、ときどき手を抜くと、次の年には複数の「資産」を取得しなければならなくなるため、一つ一つが納得できない質のものになり下がることがある。そうなると価格だけの問題ではなくなる。それとともに、体形を変えないことも重要であるな。少しずつ太ってきているのだが、そろそろ打ち止めにする一年にしないとな。さらに、その昔、チェックのCPOジャケットを買ったときには、デザインが陳腐化して、3年と着る気が起こらなかった。いまや、流行を気にすることもあまりなくなったが、流行遅れは気になるときもあるかもしれない。
 基本的には、買い物に時間をかけるのは嫌いなのだが、物持ちがよくなるようなモノとの出会いを求めて、「ときには」と思う今日この頃。


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January 07, 2005

1月は医療月

 仕事が比較的少ない月なので、歯医者と人間ドックはほぼ毎年1月に受診している。それに月1回程度の眼科が加わり、今は風邪も引いていて内科も。ということで、今年は歯医者がまだ。まあ、こういうときにやれる仕事をやれよという声も聞こえないでもないが、こういう習慣というのも悪くはないだろう。
 それにしても、若くないためか、酒量が減っていいのかもしれないが、風邪がなかなか治らない。何だか体がふらついて、ヘタするとこれが1ヶ月ぐらい続くんだよなあ…

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January 06, 2005

自分の属性は?

 スマトラ沖地震との関係で、募金でもしようと思った。本当は税金をたくさん払って国に協力すればいいのかもしれないが、税金といっても、酒は続けてもタバコを再開する気もないし、ギャンブルやって勝っても申し訳ないし、稼ぎを増やそうとしてもそう簡単には行かない。また、税金を余計に払ったところで、本件に貢献できたともいえないしね。でも、近くのコンビニを通じて募金するのは、そのコンビニが「ありがとうございました。××円を寄付させていただきました。」なんて掲示が出ると、何だかそのコンビニの売名に協力したみたいな屈折した気持ちになるので、それも嫌である。宗教団体からというのもありえないし。
 いっそのこと、コンビニに協力するぐらいなら、ドン・キホーテで寄付しようかとも思ったが、彼らにも、そんなことをやっている余裕もなさそうだ。あの店舗は嫌いだし、私の属性外だと思っているが、個人が火をつけて制裁することは、テロリスト以下であって許されるはずもなく、そう考えると、報道に怒りを覚えている同社の社長の意見だって、一理あるよな。おっと、話が脱線した。
 まあ、会社も募金を始めたこともあり、有名人でもなく、多額を募金もできない我々が払う窓口は、まあ、会社でもいいのかなと思っている。私のような「はみだし社員」でも。そういえば、新潟の地震の件のときは、某チームの寄付に協力して、自分の属性として納得していたのであったが、今回はシーズンオフでもあるしね。
 とまあ、こんなことを書くためにblogを始めたのだろうか?

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January 04, 2005

さて

 最近、アカウントだ何だが変わったために、サイトの更新がおっくうになり、書きたいことを書く時期を逸することも少なくなくなった。まあ、全面的に他人のせいにしているのだが、blogをやれば更新が楽になるというのが間違っているとしても、このままでいるのもつまらないので、なぜか(不精なだけ)プロバイダも代えずにやってみようかと思った次第。

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